春来の声が聞こえる。
「あたしの名前を」
とんとんと跳ねて赤音の正面にまわり、くるりと振り向く。のびやかな身体に長い黒髪をまとわりつかせた春来は、なにもかも美しく整った春の景色に完全にとけ込んでいた。
「赤音だけに呼ばせてあげる――」
声が空に吸い込まれていく
(P13)
小動物のような気ままで愛くるしい少女・赤音と、優しく癒し系の少女・春来との友情は中学二年生の春に交わしたこの贈り物により絶頂を迎えます。2人で完結した関係は少女らにとって一つの永遠に春の楽園ではありました。しかし、そこに人を省みない独善的なリーダー気質の少女・舞が乱入することで呆気なく終わりを迎えた――というのがこの物語の始まり。以降中学から高校にかけて、少女らの痛々しい思春期のお話が繰り広げられます。
一応リリカルミステリとは銘打たれていましたが、ミステリとしての仕掛けは馬鹿みたいです。どうでもいいことなので種を明かしますが"二重人格"というガジェットを使った仕立てはまともに取るには少し苦痛を伴います。しかしまあ、それは割りとどうでもいいことを片付けられるぐらいに小説として良く出来ていた――というのは語弊を生むので言い直せば、少女小説として良く出来ていました。見事と賞賛したくなるほど純度が高く、ミステリにではなく、そこの少女の群像劇にこそロジックが立っていました。
1.赤音は何故高校生になったら人気者のごとく振る舞うのか、2.春来は何故舞を選んだのか、3.舞は何故友情を壊しに行ったのか、etc。
少女たちの行動は固有の理念/ロジックに沿って展開されます。
そのロジック=強い感受性と硬く脆い意思を持つ少女たちは意思により互いを傷つけ、感受性により無駄に傷ついていきます。
顕著だったのは中学時代に赤音から舞に送った言葉にあります。舞は中学でリーダーとして人気者であり、反抗することで周囲の少女すべてが敵となりいじめられるようになります。それでも赤音は舞への抗いは治まらず、舞が委員長として文化祭の出し物を決める多数決を取った際にも手を上げさえしません。それを非難されて曰く、
「多数決に参加しなかったのは」
あっけにとられた様子で赤音を見下ろす舞の顔を、間近からじっと見つめる。
「上げた手を、あなたに数えられるのが嫌だったからよ、舞さん」
(P35)
実にぞくぞくする拒絶じゃありませんか。
こうした剥き出しの少女の感情が中学で発露されることで、高校編での感情を隠しながら赤音が春来を『拒絶しながらも新たな友達グループの一員に迎える』振る舞いが際立ちます。そこで瑕つけようとしてるのは誰で、瑕ついているのは誰?
巻擱く能わず。それぞれの感情が解明され、落ち着くところに落ち着くまで読むのを止められませんでした。
エンディングの話をすれば、その鋭い感受性によりまた得られる歓びも大きいのだ、と。そうあって欲しかった光景に辿り着いたあまりの幸せさに身震いしました。
以上。感情の振れ幅の痛々しさと純粋さが清々しく、読後感爽やか。見事な少女小説でした。
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