- 導入
ミクロな視点から見れば、この物語は子供がブリキの樵に出会った時から、心臓が無い男の子のお話しとして始まったのでしょう。その子供は何故かいわゆる「行間」、「雰囲気」が判らず、どうしてコミュニケーションを取れるのか混乱していました。その頃に、偶然開いた本にはこう書かれてあったのです。
“ブリキの樵は心臓がなかったので、楽しいこと、悲しいこと、正しいこと、間違ったことがわかりませんでした。
「君たちと違って、僕には導いてくれる心臓がないから、よく考えて、良いことをしなきゃいけないんだ」”
そうか自分には心臓がないのかと、すとんと腑に落ち、彼の心臓がない人間としての生き方が始まりました。常に論理的に突き詰めて考え、行動するようになったのです。周囲との齟齬は増えるばかりなのですが、心臓がないと芯の通ったからこそ、残念なことに最早悩みません。努めるまでも無くそうあり、導かれるものがないままに思考し続けながら冷たく人の世を生きてきます。
本作はそんな心臓がない/導く指標がない青年・九門克綺が突如として日常に侵食してきた魔に翻弄されながら導きを得るビルドゥング・ロマンの趣を強く持ちます。
- ヒロイン各論
心臓/導きのラインは3本です。獣か、神か、機械か。それぞれヒロインに対応しています。
まず獣、伝説に生きる最後の狼。彼女は名を"風の後ろを歩むもの"と言います。"風の後ろを歩むもの"は絶滅しようとする人狼を生き残る為に、とある秘密が隠された克綺の命を狙いにくる、というのが最初の出会いです。
そもそもネーミングが素晴らしい。これはもう"名前だけで時めくヒロイン"のナンバー1に輝くとしても過言ではありません。実にキラキラと物語が零れださんとする字面ではありませんか。そして彼女のルートでは随所に"伝え説く"神話のテイストが加味されています。
例えば克綺の日常に魔が紛れ込んできたのは彼女が発端であったりするのですが、理解するために最初から語ってくれと言ったら、突然踊りだします。
「ボク、まだお話しがうまくないから・・・・・・笑わないでね」
そういうと、少女は、片足を踏み出した。
たん、とん、たん、と、大地を叩く。踊る右足、跳ね上がる。
しゃん、しゃん、しゃん、と、手を叩く。拍手の音は鈴のよう。
流れるようにゆれる首。ぴんと張った胸は、弓のよう。
星降る大地で始まったのは、見たこともない、舞踏だった。
滔々と詠い出されるのは種の起源/・・・・・・いやあ壮大なギャグもあったものです。他にもきりがないくらい多々あります。何気ない台詞の使い方とか堪りません。
「それって古い考え方ですね」
「旧いよ。
ボクたちは、とっても旧いんだ」
白い歯が、星の光に光ってみえた。
一瞬だけのぞいたそれは、妙に尖っていた。
こうした伝説に生きる古き存在っぽい古めかしい修飾は海外ファンタジーでもよくある手法なのですが、よくあるようにきちんと伝説の種族を成り立たせていたと思いますね。滅び行こうとする無常さも伝え聞かせるだけでも確かになっていたのも良い文章のおかげでしょう。
我らは、憧れより現れた。
我らは、滅びへ向かう。
だから、まどろみにみるのは、夢ではない。
夢見る余地など、最初から、なかったのだ。
いやあ、痺れますねえ。
閑話休題。
"風の後ろを歩むもの"に闊達さと常識の違いとによって翻弄されながらも克綺は短い間に共に闘い、共に生きることで、"風の後ろを歩むもの"を、獣を、人ならざるものを理解していきます。同時に"風の後ろを歩むもの"も人を理解していき、互いに高みへと導いていきます。
そしてこの相互理解/他種族への共感は、翻って、種としてプリミティブにどのように生きていくかの問いに繋がります。ゲーム的には、最後の選択枝として答えを迫ります。
人としてあるのか、獣としてあるのか、或いは・・・・・・。
つまりは『種の相対』。
これまた実によくある流れなのは否定できないでしょう。はいはい、人と獣との種族を超えた絆の悩みね、と唇を捻じ曲げる所です。しかし克綺を駆動させる力として、他ルートと比べる時、美しいシンメトリーとなっていました。
それでは、そろそろ他のヒロインに移ることにしましょう。
神、或いは人類の守護者。名は焔を意味するイグニス。彼女は人類の守護者を名乗り、克綺の体が魔に利用されることにより起こりうるカタストロフィを回避するために介入してきます。
彼女のルートに入ると、イグニスは最初から克綺を鍛えるメンターとしての姿を見せます。簡単なことでは死なないように生き残る力を手にする為には、失敗して死ぬならしょうがないよねという感じに、お命頂戴せんという方法です。割とシビアに叩いて伸ばし、そしてあんまりにも無理な敵には傷付きながらも彼女自ら立ち向かっていきます。
だからこそ、克綺は早々に心臓に満たすものを得ます。あまりにも早く力強いそれに胎脂、嘗ての心臓の無い過去は偽善であり、非論理的であると判断します。
――定義せよ! 生を定義せよ!
彼のこれからの生き方をそう糾弾します。
つまりは『過去と現在との相対』。
現在をどれだけ強く肯定できるか、が導かれた答えとなります。そして教えた者が自身の答えを出すことが導いた者の至福となる訳で。
後の展開では当然のように、克綺とイグニスとは現在を肯定していきます――共に居ても、居なくても。
最後に、機械について。或いは管理人さんルート。・・・・・・ここはネタを割らずに説明するのが難しいので割っちゃいますので、ご注意を。
さて。
管理人さんは克綺の住むアパートを管理している人であり、包容力に富み、折につけてはご飯を作ってくれたりと優しくしてくれます。
そして管理人さんルートに入るともう鬼のように管理人さんのお世話になります。恩返しできないくらいにおんぶにだっこです。それで散々なついた後に、何時も優しく世話をしてくれた管理人さんは実は人の母を思う念が集まった機械でした――というのが中途で明らかになります。ここで、人の思念から出来た機械なので人の命令を必ず従うようになっていたという造りが克綺を苛みます。
今までの彼女の優しさなどの感情と行動が、規定された刺激−反応系の出力によるものでしかなかったのではなかろうか、と。そこに特別な"何か"/名付けるなら魂とかが関与して判断している訳ではなんじゃなかろうか、と。要は目の前にあり、あったのは『中国語の部屋』なのではないかと認識が崩壊します。
ここでもこれまでと同様に悩みは克綺の元に返ります。では、自分は考えているのか?、と。
「論理が正しいことを知っていても、選べない。
感情だけが噴き出しても、割り切れない。
僕はとても不自由だ」
その悩みの果てに、中国語の部屋の前に立ち、答えを出します。扉に手をかけるか、否かを、非論理に裁きます。
ここで重要なのは、"母"を相手にした物語に"子"の導き手は母では役者不足なことで、ただ悩みの原因として"母"="機械"がいるからこそのジレンマに陥ります。導き手がいないまま、扉に手をかけるのと同時に、子は"母"から離れて大人になっていくかどうかの判断をしなければならないということでした。
つまりは、ひっくるめて『自己と他者の相対』。
どう他人を判断するか、が答えの基準です。そこに辿り着いた時に、少年は境界を不明瞭にする"母"のいる場所にずっといることが出来なくなったという訳で。
- 戦闘物として
……とまあ、こういう具合に心臓がない少年が導きを得るまでの3つの道筋/3人のヒロインについて語ってきました。
でもメインは戦闘物なので、戦闘の魅力についても言及しとかないといけませんね。
本作の戦闘は、そこまで強力ではない異能を元に策を凝らすことで厄介で強大な敵に立ち向かうタイプです。人間ならではの発想で獣の力を操ってみたりと、頭脳的な異能戦闘の機微は存分に発揮されていました。
ただしそこまでカタルシスのある戦闘はありません。勝敗が大局を動かすのは珍しいと言っていいぐらいに、戦闘の勝敗に重みがおかれません。なので残念なことにメイン要素であるはずの戦闘シーンは興奮するものの今一つ乗り切れないところがありました。
それはとあるブログで指摘されたようにニトロプラスにしてはありえないまでにライバルが配置されなかった悪影響でもあるのでしょう。
ただ、上記で挙げた3人のヒロインたちを主眼に置くと、それぞれが互いに強大なライバルであり、字義通り相手を殺すまで殺し合います。繰り返しますが、本当に殺します。他のヒロインを排除しえたヒロインが主人公に深く関わっていくとしてもあながち間違いではないでしょう。
そういう意味では、ニトロプラス作品として遜色ないかなーと思いますね。
結局、戦闘が地味なんでしょと言われれば、まあ、否定できませんが。でも伝奇物=戦闘ではないですし、それ以外の要素は間違いなくレベルが高いので、些細な疵と取りたいところです。
あと飯の描写が恐ろしくクオリティが高く、読んでいて腹が減るのは大いに評価したいですね。
- まとめ
以上。エロゲ媒体での現代伝奇物として一級品でした。
- Link
OHP-ニトロプラス公式サイト Nitroplus Official Site
- 以下、妄想
語られなかった/選択になかった人間について触れないで置くのが難しいでしょう。なので蛇足として、本作で恐らく克綺を導く人間になりえただろう少女について些か言を費やして終わりとします。
少女は牧本美佐絵。克綺の傍若無人にもひるみながら遠ざからない性格の良いクラスメイトとして終始します。
でも、よくよく考えると、おかしな幾多の偶然に彩られています。
例えば克綺が暴走し、友人を殴りつけようとしてしまった瞬間の判断。克綺にすがりつけば振るおうとした手は止まらなかったでしょうが、友人にしがみつくことでその場を穏便に終わらせます。その偶然を克綺は感謝します。
他には学園で活劇があった際に人知れないところで被害者として生き残り倒れています。たまたま生きていて良かったと克綺は感謝します。
――偶然?
評判から聞くに、少女が何者なのか答えを得るには恐らくはノベライズに進まなくてはならないのでしょう。
よって-、蛇足はここまで。続きはいずれまた。