ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。
(P5)
この小説の視点人物は小学4年生の男子・アオヤマ君です。アオヤマ君は昨日の自分よりえらくなるために毎日研究を欠かしません。知りたいことは山ほどあるために様々なテーマを思いつき、調べ、フィールドワークをし、時には友達のウチダ君と協力し、判ったことをノートにつけてまとめます。そして20歳になるまでに自分がどれだけえらくなっているのか見当もつかないと自分に戦慄します。いやはや。
それで理屈こきで、ええかっこしいと志向に伴って変わった性格をしています。でも偏屈に近い性格がアオヤマ君の小学生の視点を通して行動とともに描写された時、とても魅力的な男の子の在り方が浮かび上がってきます。甘い物が好きで、だから虫歯になりやすく歯医者に通っているとか、で歯磨きを忘れやすいことに“嘆かわしい”と嘆いたり、子どもと言われたら子どもではないと胸をはって答えたり、夜9時ぐらいになるとあっさり眠くなったり、人の感情の機微の読まなさが周りの人間に判られていて本人が判っていなかったり、色々なちぐはぐさ。そうした視点を巧みに書いていることで瑞々しくあり、爽快な少年物の読後感を裏打ちしています。
そしてアオヤマ君はおっぱい好きです。膨らんだおっぱいを見るとおっぱいから目を離せなくなります。おっぱいについて考察しだすと周りが見えなくなるぐらいにおっぱいについて考えます。そして考えている時はおっぱい、おっぱいと友達に連呼して自分の考えていることを伝え出します。いやーおっぱいって、良いですよねー。
さておき。
アオヤマ君の住む町に突如ペンギンが大量発生したことから物語は転がっていき、ひと夏の少年物が相成ります。友達のウチダ君と山を冒険したり、美人でチェス好きのクラスメイト・ハマモトさんと仲良くなって三人が仲間になったり、三人で図書館に行ったり大学に行ったり、いじめっ子のスズキ君と小ぜりあったり、夏まつりに参加したりします。
青春、青春と満足して口にするべき、王道でした。
何よりも、冒険。
好奇心・研究心・克己心に事欠かないアオヤマ君に取って並べて冒険であり、研究でした。川を辿って山を分け入って、草原の丘にだとりつく道のり。途中には変わった建築物があって、貯水池があって、常に不思議と探求と解決というプロセスで対処します。この何も知らない、動いて知っていくのが読んでいて楽しくて仕方ありませんでした。
他には三人がレゴで物を作って遊ぶシーンの眩しさに微笑を堪らえきれませんでしたね。
詰まる所、少年少女物ではこういうのが読みたいんだ、というド直球の要素が高いレベルで散りばめられていました。
そして何よりも大事な登場人物は歯医者のお姉さん――通称・お姉さん。とらえどころのない人物なのですが、アオヤマ君と仲が良くて、「海辺のカフェ」でチェスをしたり、研究の内容を披露したりします。アオヤマ君はそうした行動をお姉さんとするのが好きで、研究の内容次第で「ふうん」「へえ」と言う反応を得るのが好きで、おっぱいを見るのが大好きです。
その日のお姉さんは空豆色のうすいセーターを着ていた。ぼくは盤から目を上げ、お姉さんのおっぱいを見ながら、まるで丘のように盛り上がっているなあと考えた。
「こら少年。チェス盤を見ろチェス盤を」
「見ています」
「見てないだろう」
「見てます」
「私のおっぱいばっかり見てるじゃないか」
「見てません」
(P24-25)
また近寄ると良い匂いがします。こんなお姉さんがいて欲しかった……のは兎も角、それにしても森見登美彦作品で常に見られる判りにくくて傍にいる/傍にいて判りにくい、ある種の理想的な女性像の白眉でした。
さて、今まで語ってきたことをまとめると、色々な人に関わって色んなことをしたひと夏の体験を語りながら、ペンギンが突如として現れた事件の原因を探っていくというのが本作の内容となっています。
その真相は当然言いませんが、それまで研究した“□”で羅列される条件がアオヤマ君の頭の中で整理される瞬間のシーンのどうしようもなさに震えました。
テーブルの下で、お姉さんはぼくの額に自分の額をくっつけるようにして笑った
「それで少年、謎は解けたわけね?」
ぼくはうなずいた。
(P319)
彼の答え、彼の選択は少年物として考えられる限りのもので、全ての要素が綺麗にはまります。イメージも最高に切れていました。
だからこそ、読後感はあまりにも幸せなもので、だから切なく――。
そうそう。言っていませんでしたが、不思議な現象を論理で割り切るSFとしても上手く出来ていました。
以上。森見登美彦の新境地となった少年小説であり、SFした。傑作です。
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作者ブログ-この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ
参考書籍-『ペンギン・ハイウェイ』が助けられた本たち - この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ
- 以下妄想
続きは妄想するまでもなく。少年はハイウェイを誰にも追いつけない速さで走り続け、彼女に辿り着くでしょう――