出撃! 魔女飛行隊 感想

 ざっと一千名の若い女性が、この基地に集められていた。ほとんど全部が女学生そのままのような若さだった。この大勢の女性が、この宿舎で家から持って来た荷物を開き、固い木製のベッドの周りに身の回りの品を並べたのである。みなおたがいに名乗り合い、おしゃべりを始めた。彼女たちは、その後、四年間きびしい生活を分かち合い、ある者は戦死し、ある者は負傷したり病に倒れ、ある者は無事に戦い抜くのだった。
  (P50)

 つまりはそういう話。
 具体的に言えばこの本は第二時世界大戦中のソ連の女性飛行隊について。
 ソ連はドイツによる電撃的な奇襲“バルバロッサ”によって大打撃を受け、侵攻されました。その中でも戦力を激しく消耗した空軍は志願兵を募った所、飛行訓練を積んだ若い女性が複数応募してきました。最初は断っていたのですが、1941年末より戦局の深刻な状態が明らかとなり、2000人の候補者を面接して、隊員を選び、訓練の後に第五八六戦闘機連隊、第五八七女子爆撃機連隊、第五八八夜間爆撃機連隊のいずれかに振り分けることになりました。そして、これらの女性飛行隊が後にドイツから図らずも“夜の魔女”と恐れられるようになった一角を担うことになりました。
 この本では設立から終戦までの経過を、主要な隊員を追って記されています。事実に則した戦記物です。なので初めに上げたように集まった女性1000名の生と死は語られる前から既に決定しています。当たり前と言えば戦記物の至極まっとうに当たり前のことなのですが、その影響が随所の語りに出ていて、生死の先読みが出来るようになっていました。


 たまに挟まれる“振り返って当時の戦局を語った”的な文章で、ああ、この女性は生き残るのかと安心することがあります。逆にさっさと戦死の事実を語ってから、そこに向けて収束して行く書き方をされることもあります。そういう時は読んでいて辛さを覚えました。
 ここで確かなのは語られる女性たちが懸命に生きて、彼女たちなりに懸命に戦ったことです。そしてここにあるのは、愛国のため家族のために祖国を守ろうとする決意だったり、敵=ドイツが憎いという感情だったり、戦闘機乗りになる訓練の大変さだったり、空を飛ぶ楽しさだったり、或いは戦時下の青春だったり、そういう生きた証です。
 だからこそ、どのエピソードも眩く感じたのかもしれません。


 詳細に語れば、最初の頃の全然丈の合わない軍服を来たサーカスのような女性隊員たちの微笑ましい姿や、戦場において男性と変わらぬ働きをするが女性らしさを失わないために費やす労力といったあたりに、軍隊の中の女性の在り方に興味を唆られました。偏見を受けて、戦歴によって克服するあたりはお約束ですが、すかっとしました。というか出てくる女性は誰もが女性らしく、なおかつ/だからこそタフで、愛すべき人物ばかりでした。
 それに夜間に計算だけを頼りに飛行機を飛ばす凍るような緊張、戦闘を重ねるごとに蓄積する披露と暗い感情、そして死の恐怖――といった戦争の空気も伝わってきました。敵を撃破する高揚、エースとの一騎打ちというレトロイズム溢れる空戦の格好良さだったり、空軍ぽさも出ていました。時には飛行機にネズミが乗り込んで悲鳴を上げたり、孤児を救って仮初の母性を発露するのが愛嬌でしたが。


 後は、恋愛。彼女たちがいるのは戦場で、至上の目的があり、無秩序になれるはずがなく、次の瞬間には相手がいない可能性が非常に高い。その為に戦場の恋愛は“約束しない”ものであった――でも。でも恋に落ちるのは辞められないという、その背反と刹那のどうしようもない感情の発露が“戦場の恋愛”を必要がないぐらいに際立たせるものにしてしまいます。


 このように現実の戦争、しかも女性飛行隊と言う魅力ある題材を書いた戦記物の強みを充分に発揮していました。題材にひかれて読み始めたのですが、すっかりのめりこんでしまいました。
 最後に美しく、哀しい言葉を引用して、この感想の駄文を終わりにしましょう。

「時々、星も月もない暗い夜に、庭に出て風に吹かれ、空を見上げることがあるのです。暗闇の空を見つめていて、それから瞼を閉じると、自分が昔の若い娘になったように感じるのです。そして、あの小さな爆撃機に乗って暗闇の中を飛んでいるのです。そんな時、自分で自分に囁くのです。」
 (P377)

 それから放たれた一文は戦争を生き延びた、確かな誇りでした。


 以上。戦記物が好きならお薦めです。

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