あなたの魂に安らぎあれ 感想

 長編第1作にして「帝王の殻」「膚の下」に続く火星シリーズの第1作。
 冒頭の掴みは抜群でした。火星に住む男・秋川誠元が“こちら”の現実に似た夢を見るシーンをまず書き、次いで誠元の子供・里司が緑色のミルク&緑色のハンバーグを嫌がりながら食べつつ、誠元を理想的な父親と見て、白馬に乗せて学校に送ってもらうシーンを書いています。異様な食卓の理由は幻覚機によって完全食品と水を偽装しているがWという通貨がないといけないなどと続き、それらの少ない文章によって異常な社会と、そこに住む人々の日常とがすんなり頭に入ってきました。


 以降は人間とアンドロイドとが争いかけている社会の謎解きと崩壊が書かれます。何故火星なのか、アンドロイドの神〈エンズビル〉とは何か、誠元が見る過去は何かetc。そうした物語の奥底で答えがない問いを問いかけられます。

「おれはいったいなんのために生まれてきたんだ?」

 ――人類の目的が人類からも、アンドロイドからも問いかけられます。


 問いと答えの連鎖に関して、数多くある神経症的要素や未来予知といったガジェットも効果的でした。緑色の食べ物を幻覚機によって誤魔化すことをよしとし、登場人物は皆ヒステリックであり、救いを求めて一般の人はカウンセラーを、カウンセラーは坊さんを、坊さんはまだ見ぬ何かを求めます。未来予知は見てしまった光景にどのような心で至るのかという不安に関与しています。

 
 閑話休題
 さて、クライマックスにあたるP374の夢の終わりを告げる使者が訪れるシーンの格好良さは半端なありませんでした。

「とにもかくにも、ここまで、来た。」

 予め知っていた人類の救いであり、一時の幸せの終わりを意味する出会い。そこに震えない訳がありません。
 けれども、むしろその先によりSF的なぞくぞく感を得ました。小説上はぼっと出でありながら歴史的には苦難の正しい道を来た存在と、本書で今まで語られてきた造られた社会で苦しみながら生きてきた存在との正当性の衝突となっています。その勝敗と必然性は明白ですが、潰えるものの虚しさ/美しさが幻想的に書かれていて、何とも言い難いぞくぞくする読後感となった訳です。
 そうして先に行くものも、無くなったものにも、タイトルの言葉が投げかけられることになります。

「あなたの魂に安らぎあれ」


 以上。なかなか面白かったです。やっぱりクズの少ないディックに近い印象を受けました。この社会成立前を知りたいので「帝王の殻」「膚の下」を読みたくなりました。




あなたの魂に安らぎあれ (ハヤカワ文庫JA)
神林 長平
早川書房
売り上げランキング: 25027