MONUMENT あるいは自分自身の怪物 雑感

 舞台は魔法が存在する以外は現実と似たような歴史をたどった世界の現代。
 主人公はもともと共産主義者に育てられ上げたスパイであり、祖国が崩壊して自由になった現在は工作員をしている少年・ボリス。
 ボリスがとある少女を守れという依頼をこなすために魔法学校を訪れる、というのが導入。
 以降、生い立ちからかなり冷めた性格をした主人公が朴訥な美少女にハニートラップを仕掛け、到着した空港で暗殺されかける――と主人公の思考回路をトレースした地の文に癖があるものの、イベントを矢継ぎ早に出してきてテンポ良く進んでいきます。
 ライトノベル文法でエスピオナージュをやる作品としては良く出来ている方程度かなというのが序盤の正直な感想です。


 あにはからんや、ところがどっこい。


 入り込みやすい冒頭から予想が付かない代物が待ち構えていました。
 段階を序破急で言えば、『急』。物語の構成が明らかになっていく過程の陰鬱かつ絢爛さに眩暈がしました。テーマとしてはよくあると言えばよくあり、恐ろしいことにありきたりなのです。
 にもかかわらず、ぎりぎりまでこそぎ落された世界描写と、それまでスパイや戦闘や拷問など卑近な事情に囚われる登場人物たちを経由して、ミクロを積み重ねた上でありきたりな大きな物語へと届き、文字通り世界を揺るがす絵空事を美事に組み上げます。
 それも、適切な修辞による抒情のこもった文章を持って、過ぎたるところなく、足らざるところなく形容しながら、です。
 結果として、生まれたのは読み手への幸せな贈り物。
 単体の小説として非常に美しい形に結実していました。
 読み終わった後に振り返ってみると実に綺麗であり、本当に自分はこの小説をきちんと読めていたのか不安になるぐらいに完成しきっています。


 ――ライトノベルの文法を使用した上で、大きな物語を成立させる。
 言ってしまえばそれだけではあるのですが、類型を持って類まれに見る傑作にするのは至難かと。
 作者をどれだけ讃頌をしても足りないぐらいです。

 
 これ以上語ると具体的な内容と言う野暮なことに触れざるを得ないので止めておきましょう。
 ああ、でも最後に。物語が閉じられるようとする一節を引用させてください。

「詩集か。……僕の知り合いにも、詩人になりたかった人がいたよ。何か一つ、お気に入りの詩を読んでくれないかな」
 セレーネは本を開かず、 ボリスの顔を見つめたまま、ラテン語で詩を暗唱した。


『私は憎み、かつ愛す。
 なぜそんな事をするのか、キミは訊きたいだろう。  
 私にも解らない。でも、この気持ちが抑えられなくて、私は苦しむ』

 こんな風に囁いてくれる小説なんて愛するしかないですよ。


 以上。言葉を使い過ぎました。端的に言って、傑作とだけ。

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MONUMENT あるいは自分自身の怪物 (ダッシュエックス文庫)
滝川 廉治
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