魔術士オーフェンはぐれ旅 第1部~第2部 雑感

 率直に言って中高生時代はひねた文系オタクでした。今よりももっと本の住民で、もっと硬派よりだった気がします。そのあたりの貯金も今は尽き、オタクでもなくなり、だんだんとアホになっている感じですが、まあそんなもんかもしれません。
 今回の文章にそんなことはどうでも良くてですね、当時読んでいたライトノベルは基本電撃文庫派であり、オーフェンとかスレイヤーズとかのラノベ一般教養を通過せずに中二病まっさかりの時期を終えてしまったのが問題なのです。ドラグスレイブをそらで詠唱出来ないのは生涯の悔いに――なるのかどうか。と言っても、富士見に関して言えば、風の大陸、卵王子、A君あたりは読んでいたのがひね具合が読み取れるところではあります。
 さて、なのでオーフェンを今回TOブックスのkindleで読んだのが初読となります。ちびちびと時間をかけて読んだので、せっかくなのでざっくり感想を書いておきます。


 太古に六種のドラゴン種族は神々の魔法を盗み出して魔術として我が物にし、キエサルヒマ大陸へと逃げ込んだ。長い時が経ち、人間種族が大陸で繁栄をなす時代が訪れていた。魔術を持たなかった人類も、ドラゴン種族との混血の血筋の結果、魔術をふるえる人間――<魔術士>が現れるようになった。
 数年前に大陸最高の魔術士の組織≪牙の塔≫を飛び出たオーフェンは金貸しに落ちぶれていた。物語は彼が結婚詐欺を働こうとしたところから始まる――
 
 
 という感じで始まる、ファンタジー長編シリーズ。
 最初は金を借りた地底人から金を取り立てる際に起きる騒動を軽いノリで書いていたのですが、段々と重苦しくなっていきシャレが利かなくなっていきます。
 人類がドラゴンのものだけだった筈の魔術を操るようになってしまった意味と結果、六種のドラゴン種族の役割、そもそもの大陸の成り立ちの謎、そして原点たる魔法を有した神々について。借金の取り立てで始まった旅路が進んで魔術と世界の設定が表になるにつれ、彼らの小さな行動範囲は大きな物語へと広がっていきます。
 人類の魔術を深める≪牙の塔≫に戻り、神を信奉する≪キムラック教会≫に侵入し、天人の残した≪遺跡≫を巡り、オーフェンらの、そして人類の目的を定めうる問いかけは大きく2つに絞られます。

 世界を継ぐ、後継者は誰か。
 世界を侵す、絶望とは何か。

 世界と人類を天秤にかけるそれらに対峙できるのか、あるいはどう立ち向かうのか、はっきりと説明してくれる人がおらずわけのわからぬ状況に翻弄されながら、そこに収束していきます。
 ここでもう少し設定に関して述べておくと、本シリーズの人間が扱う魔術は<音声魔術>という部類に入り、魔術構成を構築し音声を媒体にすることで魔力を行使します。音声に基づくため効果は長続きしません。永続的に届くことはなく、視線や文字で力を持たすドラゴン種族の魔術に叶うことはありません。
 足りないものだらけではあるのですが、ここで『なぜ魔術を持った人間の存在する時代こそが変革期になったのか?』がキーにもなります。なんのために人類に魔術がもたらされたのか、人類が彼らなりの魔術を持った意味とは。歴史でさえ欺かれた記述に満ち、永続的なものをもたないドラゴン種族の後塵を拝する人類に伝えられなかった、先を行った者たちの絶望とは。
 ここらへんの大本の魔術や世界観の設定は非常に上手く噛み合っていました。併せてドッペル・イクスへの多重の意味付けはキュンキュンするほど震えましたね。
 また個人的に盛り上がった要素の一つはこの世界における人間の倫理観――人間の生命への考え方です。第1部~第2部の時系列はある種の戦後であり、そこまで多くない人口の命は重く、魔術師にとっても人殺しはかなりの罪の意識を持たせます。オーフェンらは人を殺さないようにしようと振る舞いますが、ただ彼らの敵対者もまた自身の目的を達するために必死であり、殺さないようにするのはかなりの難儀の業です。だからこそ慣れない殺しをしてしまった時には、誰しもが大なり小なり衝撃を受けることになります。容易に人を殺しうる魔術がありながらもきちんと人の命が重い世界が成り立った――だから今は強大なドラゴンが支配する時代ではなく人類の時代であると納得しますし、それこそがこの作品内世界の実在を強くしていました。この世界が住んでいる人間にとって守るに足るものなのだ、と。
 あるいはそう、本シリーズは戦前でもあり、忌むべき戦争――人類の生存戦争/人間間のどうしようもない戦争のカウントダウンと火種とがそこかしこで散っていきます。どうしようもないもの――時代の流れとドラゴン種族――に立ち向かいながら、内包する愚かさとも相対するのはまさしく試練というもので。オーフェンが人類最高の殺しの技術を持った魔術士として研ぎ澄まされていくのと併行し、どうにも一対一で勝ちにくい存在ばかりと対峙していくことになります。後半のマクロでもミクロでもヒリヒリとする空気は頁を捲る手を止めさせない効果がありました。
 最後に、こういったやや文明が衰退気味のファンタジーオーバーテクノロジーが出てくるのはよくあるのですが、それの扱い方もクール。特に銃の扱い方は、前述した倫理観を強化するのに役立っていましたし、与えられた力/魔術を相対化するのにも効いていました。

 さて、盛り上がった先に、継ぐものが誰だったのか、絶望は何だったのか、最終的にどういった応えがあったのかと言えば、ちょっと肩透かしでした。
 わかりやすいカタストロフィも英雄譚も訪れません。
 しかし人間種族の寄る辺なさは、本シリーズの流れで勝ち得たものとしては正しいのでしょう。
 これからどう新たな世界を開拓していくのか、がきっと本筋になるのかと。


 以上。予想していたよりもしっかりした重厚なファンタジーでした。第4部も読んでいこうと思います。

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