シルトの梯子 雑感

 イーガンによるSF長編。ひーこら言いながら2週間かけてちびちび読みました。
 それが楽しいので良いのですが、ハードSFここに在りと言う歯応えが強すぎ。一文一文一節一節を理解しながら読み進めていくのはとうの昔に諦めているのですが、ざっくり把握するのに日ごろ使わない思考回路をぶん回す必要があります。一度その場の記述にノレさえすれば、起きたことと、起きうることと、起きえない筈のことが何となく掴むことが出来、とことん理論に則って世界がダイナミックに描写されるのに喝采出来るようになります。
 あとはネタバレではありますが補助線として素晴らしいので、解説で理解を深めるのが吉。

 さて、量子力学的な振る舞い/状態ベクトルと変数の関わりが量子グラフを描き、無数の量子グラフが時空を形成しているが、それを正しく理解するために量子グラフが変化する確率を決定する架空の理論「サルンペト則」が編み出されます。その宇宙の見方である「サルンペト則」が正しいかどうかが試されるところから本作は始まります。
 他の因子の影響が極力除かれた真空において、始まりのグラフを記述すれば、その瞬間全く新しい時空が生まれるのではないか、と。

 もしサルンペト則がなりたつなら、わたしが設計したグラフは、六兆分の一秒近くは安定しているはずです。それだけの時間があれば、わたしたちのものとは完全に異なる時空をじゅうぶんに観測できます。
 (シルトの梯子(ハヤカワ文庫SF)(Kindleの位置No.185-187))

 残念なことに、この実験は失敗に終わります。新たな時空は理論に従って崩壊せず、逆に元の宇宙がデコヒーレンスされていってしまうのです。
 だから、この作品のジャンルとしては創成宇宙物になります。

 既存の真空を飲みこんでいく新真空にどう立ち向かうのか、がメイン。
 時間や空間の単位さえも既存の真空のものと一致しない新真空の観測方法は?
 観測した結果、新真空の中には何が在る?
 観測し、新真空を解消する防御派、新真空に適応する譲渡派のいずれかが先に目的を達成する?
 色々と込み入った記載がされていきますが、基本的にはそれらの問いと、その問いを解決するためのそもそものデータ採取の探索方法の模索の連続で進んで行きます。

 そして、それらの問題に関わるのが四千年前の幼馴染の2人だった――となり、おお、なんかようやく判りやすくなってきたのではという展開になってくれます。
 かつてとある惑星で一緒に生まれ育ったチカヤとアリアマの2人。アリアマは快闊でチカヤを引っ張っていき、チカヤはアリアマの後ろをひたすらついていくというあるあるのコンビで、ある時期までは2人はゆっくりと想いを通わせて交尾するようなつがいになろうとしていました。しかしある決断によって大きな罪を共有し、一緒にいると傷が大きくなることから別れました。しかし思わぬ四千年後の再開を経て、それぞれの派閥に分かれて真相を追っていくことになります。
 なんとまあ、難しい理論が飛び交う割には、びっくりするぐらい判りやすいドラマへと収束してくれたものです。

 導入で足踏みしましたがここまでくれば後はもうさくさくと読み進めていきました。
 新真空内部に到達後の移動するのさえ異様になる描写は本当にわくわくし、全く異なる時空へのファーストコンタクトとして極上でした。さあさあ、次は、次は、そして最後にどんな絵を見せてくれる――とページをめくる手にも力が入るというもので。

 そう。
 最後に、何が待ち受けていたか。
 文章で極限に到達した感慨/感動はこのハードSFの筆致でしか書けないプリミティブなものでした。


 以上。繰り返しますが難易度は高いですが頑張れば十二分に楽しめる快作でした。
 それでは今度こそ<直交>シリーズに挑戦しようかなと思います。

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 シルトの梯子 (ハヤカワ文庫SF)
 B078JTWDC5