鎖 雑感

 主人公たちは同級生に誘われて新型クルーズの試運転に乗り合わせた。航海途中に救難信号を発していた船から岸田という男を助けたことで悪夢が始まる――


 客船上という限定された空間で展開される凌辱サスペンスADV。
 男の大人たちは早々と皆殺しにされて頼れる人間はいないし、主人公は最初犯人ではないかと濡れ衣を着せられて監禁されるという孤軍の状況。その上でモニタで凌辱される同級生を見せつけられながら、誰をどのようにして救うのか算段を立てていく、というのが基本的な流れ。
 13年ぐらい前に出た作品にはなるのですが、全クリは2回目となる今回も楽しくプレイ出来ました。全体像で見ると歪つではありますし、決して手放しで褒めるほど何もかもが高水準というわけではありませんが、今なお色々と語りたくなるフックに満ちていました。 
 

 まず敵――岸田という男のネジの外し方が見事でした。
 偶にではありますが、『逸脱』の主人公とか、『MARIONETTE -糸使い-』の主人公とかみたく、凌辱物やダーク系には妙に格好良い主人公や敵役が生まれてしまいます。凌辱を為す際に身勝手な俺ルールを押し付ける古臭いダンディズムも、貫き通せばある種の美学に嵩じるとでも言うのでしょうか。
 岸田もまたその一員なのですが、さじ加減が狂ったのか、狙ったのか不明ですが、普通なら致命傷でも簡単には死なない異様な身体機能と異常に発達したサディズムとみょうちくりんな小物さとのバランスが絶妙にとれていました。
 何度殺そうとしても立ち上がってくる敵というのはそれだけで恐怖の源になります。
 が、それに加えて、頑健に過ぎる肉体に宿ったS気質によって、ちょっとアレな台詞が数々と生み出されていました。
 あるヒロインを挑発してあれを噛み千切らせようとして曰く、

 まさか本当に鉄並みの硬さだったとは!!
岸田「その程度の覚悟で俺の欲望を噛み切れるとでも思ったか!!」
岸田「ぬるいぬるいぬるい!! 覚悟の桁が違いすぎる!! お前は所詮ここまでだ!!」 

 さっさと殺そうとして曰く、

岸田「懺悔するなら三秒でまとめろ!!」
恭介「それなら三秒よこせ!!」

 一歩間違えば死ぬ、真面目でシリアスでしかない場面なんだけど、なんだかなあという脱力さ。現実度合いが余計に失せて、恐怖はむしろ薄れるのですが、岸田に対するなぜそこまで他人をいたぶるのか、なぜそこまで他人を痛めつけるのか判らない不気味さは増す効果がありました。
 なぜそこまでの一つの要素である性的な凌辱――というよりも拷問に近いのですが――では心と体を尊厳を無視して破壊していきます。
 取り分け"恵"というヒロインに対するなぶりは天下一品でした。主人公と学生の日常生活を過ごしていた限りでは、孤高で頭が切れて美麗な人物が、なんの脈絡もなく訪れた暴力によって粉々にされます。命乞い、媚びへつらい、服従する。初物のシーンはそこまで長くないながらも無常さが籠った名場面になっていました。
 しかし散々立ちふさがって好き勝手やりながらも、劣勢に立った時に出てくる本性がすごい小物なのですよ、これが。
 遠くからボウガンの矢面に立って曰く、

岸田「待て!! 人の言うことを・・・ぐあっ!!!! づぅ・・・いい加減にしやがれこのチキン野郎が!!!」
岸田「一方的にいたぶってさぞ気分がいいだろうな!! ええ!? やりたい放題やりやがって!! どうした、怖くて近づけもしないか!!」

 あるいは主人公たちがある開きに至って曰く、

岸田「お、おい」
俺の手にはペティナイフが握られている。それは岸田の目にも見えているはずだが、ただ動揺するばかりで身構えることもできない。

 圧倒的な暴力と、他人を思いやらない性質と、生き汚い小心さ――論理の首尾一貫さではないですが、岸田というキャラクタとしての個としては高度に完成していました。
 

 だからこそ、主人公たちが非道な悪を凌駕せんとした時に何を犠牲にしないといけないか、が「鎖」という題名にかかってきます。
 岸田という悪が「鎖」となって日常を過ごしていた彼らを闇へと追いやろうとするのであれば――、主人公たちは「鎖」を引きちぎらねばなりませんでした。
 鎖/考え方――日本の学生の倫理、あるいは人の倫理。人を、殺してはならない。
 本作の主人公の性質はこう定義されています。

恵「ちはやちゃんが言ってたわ。恭介は家族とそれ以外の線引きがはっきりしているって」
恵「他人には冷たいけど、心を許した相手にとっては誰よりも頼りになるんだって」

 究極的に誰を守るか一人選んだ時、その相手との絆という「鎖」以外に何も必要とはなくなるという訳で。
 岸田に勝とうと昇華した主人公の変化はどれも趣深かったですし。特に可憐エンドのクライマックスは物凄いエモーショナルが強かったですね、ええ。
 
 
 ここで最後に、克とうとしたのは実のところ主人公だけではないという話をして締めにします。
 つまりは、恵について。
 自分はこう書きました。"孤高で頭が切れて美麗な人物が、なんの脈絡もなく訪れた暴力によって粉々"、と。それはそれで正しいのですが、倒れ伏したままヒーローの救いを待つか、絶望に沈むだけかする受動さはあいにく持ち合わせていませんでした。なにもかも砕かれても、再び取り戻すために計画を一人立てて成し遂げていきます。
 その苛烈さが露わになって、恵の尊厳が輝いたとき、彼女の魅力に虜にならざるをえませんでした。
 そしてまあ穢されてもなお清冽だからこそ、余計に穢すシーンに興奮したりごにょごにょと相乗効果に身悶えしたのは秘密ということで。


 あと実のところ恵が彼女の目的のために対立するのは岸田だけではなく、別のヒロインともそうである――というのが、他のエンディングに見事な陰影を投げかけていました。
 ――奪い取ろうとする明乃。
 ――敵対するちはや。
 特に明乃エンドは効果音を上手く用いて、そうくるかと慄くオチでした。
 

 以上、お薦めは躊躇われますが、個人的には好きな作品です。


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