ウィンブルドン 雑感

 テニスの世界を舞台にしたスポーツ小説兼青春小説にして、劇場型犯罪を緊迫感たっぷりに描いたミステリ。
 Kindleの月替わりセールで安くなっていたので購入してみたのですが、大当たりでした。


 まずはスポーツ小説兼青春小説パートに関して。
 17歳の天才テニスプレイヤー・ツァラプキンと、23歳の世界ランク2位のテニスプレイヤー・キングの2人がメインキャラクターです。2人は奇蹟のような試合を成し遂げ、知り合いとなります。彼らの噛み合い具合にきゅんきゅんきます。テニスの才能があり、なおかつテニスに人生を捧げたシンパシーと、それぞれの長所と短所とをお互いが放っておくことが出来ず構わずにいられないいちゃいちゃし過ぎな関係性。そういう精神的なつながりと、夜の海へのタンデムとか、同棲とか、秘密の文通とか、ほっほうほうという友情描写が矢継ぎ早に繰り出され、向こう見ずだけど隙だらけな年上と素直で純朴な年下という彼らの関係への入れ込みがどんどん強くなっていきます。
 ここで上手いのは、前提としてテニスプレイヤーとしての互いへの尊敬があることと、年上のキングが今の関係はツァラプキンが独り立ちするまでと理解していることです。以降彼らは共に暮らしながら、ダブルスでは世界を席巻し、シングルスでは鎬を削るようになるのですが、2人で対戦する際にはツァラプキンの勝利への執念の無さという精神的未熟さが前へと出てしまいます。
 この今のある種甘い相互依存の関係がいつ終わり、ツァラプキンは独り立ちを迎え、天才が花開くのかが主眼になります。
 ターニングポイントとなったのは、様々な確執が積み重なって迎えた世界最高峰の大会。
 ――ウィンブルドン


 という所で半分ぐらいまで。めっさスポーツ小説として燃えるのですが、ミステリと言う割には犯罪のはの字も出てきません。
 途中途中のシーンも巧みで、2人の決勝戦を迎えるにあたってどんどんボルテージを上げていきます。
 例えば、決戦直前の一幕。二人は揃って誰もいないウィンブルドンセンターコートを訪れます。

 通路から一つ中に入った席に腰を降ろして、ツァラプキンはコートを眺めた。キングはゆっくりと歩いてスタンドを登り、隣に坐った。
「世界一劇的なコートだよ」ツァラプキンは粛然として、客のいないスタンドを見渡した。屋根に連接する十二辺形のスタンドの青みがかった斜面はエメラルド色のコートに向かって摺鉢状に傾れ落ちていた。
「イギリス人は」彼は低く呟いた。「はじめからこういう雰囲気を計算していたと思う?」
「ああ、そうだろうな」
 ツァラプキンは今一度心憎いまで整然と対称形に作られたコートを眺めやった。

 ああ、なんとぐっとくるシーンなことか。本当にこのまま決勝戦を戦うだけ戦って終わってもいいんじゃないかなと口走りたくなる見事な筆致、出来栄えです。


 ただ当然そうはいかず、世界が待ったウィンブルドンの決勝戦が始まり、事件が起こります。
 ここからのストーリーテリングのギアのもう一段階上への上げ方は素晴らしいの一言。
 そもそもがスポーツ物として優秀だった上に、"テニスの勝負の決着をタイムリミット"とした劇場型犯罪ミステリをかけ合わせることで、類を見ない緊迫感を読者へと与えます。
 いかにして歴史に残る名勝負は進み、いかにして犯罪者は警察の裏目をかき、いかにして警察は解決に向かうのか。
 ページをまくる手を止めてみろと言わんばかりのサスペンスフルな展開が続き、こんなものを途中で止められるはずがありません。
 抜群のリーダビリティとはこのことか。
 悪いことは言わないので、具体的にどうなのかは実際読むのをお薦めします。


 以上。思わぬ拾いものでした。

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