仄暗き時の果てより 雑感

 主人公が探偵の助手として、人探しのために故郷の島に帰郷した時、恐怖の物語が幕を開ける――
 

 という感じのホラーADV。
 かなり真っ当にホラーをしています。
 まずプロローグ。依頼が終わり、帰ろうとした矢先、島全体に異様な空気が立ち込めます。主人公らは最初は全く気づかないのですが、徐々に何か変だぞ、変だぞと盛り上げての、ゾンビの登場。そしてスーパーに逃むものの突入してくるゾンビなど、ゾンビ・パンデミックの典型を見事に書き切ります。
 この時点でこいつはただものではないと思うのですが、主人公にタイムリープの能力があると判明し、バッドエンドを迎えながら正解を求めて繰り返す――というのが物語の進行の基本となります。
 そのタイムリープを繰り返す最中、拷問によって死にかけた人物が病院から失踪した際に語られる一連の会話がこれです。

 彼女は、助けに入ったこちらの呼びかけにも、全く応えなかった。喪心状態に見えた。
 にもかかわらず、病院を抜け出すだけの行動力は発揮した・・・・・・。
駒子「そういえば、何かをずっとつぶやいていましたね」
康一「あ、うん」
由乃「なんて?」
康一「えぇと……なんか変な音の羅列だったんだけど……」
駒子「てけりり……と、そう聞こえました」


 おおう、とのけぞらない筈がなく。
 ちらほらと不穏な所はありましたが、とうとう決定的な言葉が出てしまいました。
 出てくる異形の容貌とか、臭いとか、這いずる動きとか、捕食者からみる食べられるという根源的な感情とか、人間ならざるものへの恐れに満ち満ちています。
 そう、宇宙に遍在する人ならざるものが日本の片隅の孤島で災厄をまき散らすのです。
 ――そんなこんなで、もはや答えは言うまでもないですが、言ってしまいましょう。
 本作はスーパーストレートなクトゥルフ・ホラーでした。
 ここまで愚直に冒涜的な恐怖を演出されると、怖がらないのが礼儀知らずに思えてくるほどかと。


 ただそれだけなら語るに及ばぬ作品だったかもしれません。
 もちろん、呉氏によるシナリオであり、そんなことはありません。OHPのコラムで"迷宮じみたお話の、本当の真相は、ラスト10分に明かされます。"と語られていますが、確かに、確かにその通りでした。
 この作品はその上で、人ならざるものの人間への感情/人間には理解できない恋い焦がれる形、タイムリープ/主観的に同じ時間を繰り返す――という2つの設定を止揚することで、類まれなる『怪物の恋の物語』を築き上げたのです。
 幾度とない再演を目の当たりにし、恐怖を募らせ、理解不能性を高め、とんでもないロジックで着地します。
 異形による愛に基づく食欲を描いた上での、それを上回る異形があったというどんでん返し。
 『それ』は作品内での仕掛けの見事さだけではなく、今までプレイしてきた時間を/経験を担保として不可避にプレイヤの感情の操作をも目論まれていました。
 評価は人によるでしょうが、個人的には充分ありでした。
 強いて言えばそうですね。正しく、怪物による、怪物的な達成かと。


 以上。クトゥルフ・ホラーが許容でき、変わった仕掛けの作品が好きならお薦めです。

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 OHP-MOONSTONE Official Website

















  • 以下蛇足、多分致命的なネタバレです(もし考え方が違っていたら教えてください)





 起こってしまったイベントは似たような形として避けえないという設定のリプレイ物では、イベントの解釈を変えることで悲劇を喜劇に変換する手腕が往々にして取られます。有名なやつとしては「自分を騙せ」というものですね。
 本作では(1)主人公が島に来訪する時に物語が始まる、(2)主人公が島に来訪したら妹の由乃に遭遇する、(3)主人公が島に来訪する7年前に妹としての由乃は死んでいる、(4)主人公が島に来訪する5年前に人ならざるものであった恋人・杏子の首なし死体が発見される、(5)妹の由乃は杏子に似ている、(6)繰り返した人生の思い出は主人公にひっそりと蓄積される――という設定があり、タイムリープによって(3)の妹の死が揺らぎ、(4)で首なし死体になるのが杏子か主人公かで揺らぐことになります。
 3人いるヒロインのどのルートでも(4)に関連する人ならざるものである恋人・杏子が最後に主人公の前に立ちはだかります。その存在感は極めて大きいものでした。

 タイムリープを繰り返し、彼女/怪物にどう立ち向かい、新しい今のヒロインときちんと付き合えるのかという選択によって、人ならざるものへの恐怖というくびきを外られたり、外れられなかったりします。いずれも趣深いグッドエンド・ノーマルエンドであり、繰り返してもそこまで苦痛ではありませんでした。結局のところは主人公と杏子との恋愛の始末であり、それは初恋の物語であり、怪物が恋心と食欲を募らせる物語であり、――恋を終わらせる物語でした。恋そのものがあったのには変わらず、その愛は人からも怪物からも不純物が混じる要素は全くありませんでした。
 ――その無邪気とも言える愛にまつわる繰り返しが、もう1人潜んでいた怪物の罠とも知らず。
 3人いるヒロインのそのルートをプレイするために、プレイヤは何度も何度もゲームを開始し、(1)が繰り返され、(2)主人公が妹の由乃に遭遇することも同様に繰り返されます。そして当然ではありますが、(5)妹の由乃が手足が細く、食が細いことから杏子に似ているという描写を繰り返し目の当たりにします。何度も何度も繰り返し、主人公も、そしてプレイヤも由乃は杏子に似ているという認識が強化され、それが自然なものとして受け取るようになります。
 ――ここに因果の逆転が成立します。
 条件は同じ時間を繰り返すことと、そこにヒロインとして由乃を選択すること。
 本来なら大本であった主人公と杏子との出会い、主人公と杏子との恋愛――怪物の人への希求と、人が怪物に恋してしまった絶望が、(6)の蓄積された認識によって"物語的な意味では先に出会い恋した筈の杏子を見ると未来で結ばれようとした由乃を朧げに想い出してしまう"のです。独占欲に満ちた怪物<杏子>にそれが許せるはずがなく、かの恋は汚れきり、もう1人恋を希った怪物<由乃>は満足とともに主人公からの完全なる恋を手に入れます。
 一度その因果の逆転が成ってしまえば、時をさかのぼれない、繰り返せない杏子に逆転する手段はありません。時をさかのぼれる怪物であった<由乃>の勝利で物語は延々循環することでしょう。
 なんで時をさかのぼれるかと言えばまあ伏せておきますが、ニャルさん!とだけ。
 俗に言えば、怪物による怪物に対する寝取りでしょうか。この仕掛けは本当にぞくぞくしました。1回限りの仕掛けではありますが、体験できて満足です。