君の話 雑感

 一度も会ったことのない幼馴染がいる。僕は彼女の顔を見たことがない。声を聞いたことがない。体に触れたことがない。
  (三秋縋.君の話(ハヤカワ文庫JA)(p.8))

 これまで会ったことはなく、これからも決して会うことのない筈の幼馴染を追い求めるSF小説です。
 記憶をある程度操作できるようになった社会で、灰色の人生を歩んできた主人公はからっぽの少年時代の記憶を消そうとするが、手違いで代わりに架空の幼馴染を得てしまう、という導入。
 架空の幼馴染が居た記憶は日常の様々な事象がトリガーとなって浮かび上がってきます。
 夏祭り、蛍の光、救急車のサイレン、雨の音――エモーショナル豊かに思い出される幸せなやり取りは、存在しなかった思い出です。
 それから、ようよういない幼馴染を想うのはもう嫌だと思い出した時に幼馴染と初めて会う矛盾におちいってしまい、彼は幼馴染がいる幸せに苛まれていく――という流れはもう是全編エモというぐらいに完璧な進行。
 エモい描写で延々と殴り続けられ、架空の記憶のせいで現実もエモくなっていき、嘘と本当・虚構と真実が混然一体となるのは、非常に得難い読書体験でした。


 以上。こういうの大好物――という怪作でした。会う人には抜群に会うんじゃないでしょうか。

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