紅蓮館の殺人 雑感

. 著名な推理作家が建てた絡繰屋敷を探しに男子高校生2人組が登山していた。道中落雷による山火事に出会い、偶々その屋敷に避難することになった。迫る火から脱出するために秘密の通路を見つけようとする最中、事件が起きる――

 と言った感じに始まる、これから火の紅蓮に包まれようとする館での出来事を書いた本格ミステリ
 初っ端から章題で【館焼失まで〇時間〇分】と提示されるように、タイムリミットサスペンスの色合いが強く出ています。期限までに焼失が予言されている館からひいては山火事から生きて脱出できるのか、そしてそれまでに謎は解決されるのか。
 謎に挑むのは男子高校生にして嘘を許さず見抜くのに長けた探偵の葛城であり、葛城の助手を自称する推理小説家希望の同級生・田所が視点人物として謎や成り行きにおろおろ右往左往しながら記述していきます。
 ここで探偵は少なくとも謎解きに関してだけ言えば誤ることはありません。無謬の探偵です。どんな些細な証拠も手がかりも見逃さず、最短時間と最短経路で正しい論理をもって真実へとたどり着きます。
 では問題となるのは何かと言えば、どのようにして事件を解決するのか――となります。
 見抜いた真相をどのように突きつけるのか。探偵の葛城はそこは極めてセンシティブであり、嘘・まやかし・秘密は必ず全て暴き白日の下に露わにせねばならないという信念でこれまで生きてきました。
 しかし事件の解決が火に塗れようとする館からの生存に寄与するのかから始まり、真実を解明しながら解決に向けてその信念が極限まで試されていきます。

 この探偵への試練の一つとして、探偵VS元探偵が用意されています。
 10年前、田所が小学生の頃に遭遇した毒殺事件はタキシードを着た女子高生によって解決されました。彼女の名前は飛鳥井光流、彼女もまた同級生の女子高生・美登里を助手として探偵を為すものでした。そして10年ぶりに偶然再会し、同様に山火事と事件とに巻き込まれ、解決方法に関して葛城と対峙することになります。
 この対として出てきた飛鳥井さんがほんとに私の性癖ど真ん中を打ち抜いてくれたのです。
 何故、彼女が元探偵なのかは作中の説明に譲るとして、嘗ての女子高生探偵と助手コンビからしてふるっていました。助手の美登里はなんと、飛鳥井の探偵としての活躍を絵で描きたいが為に助手で在り続けているのです。最初はそうして憧憬の対象として美登里が飛鳥井を追うのですが、追われるうちに絆され飛鳥井が美登里を比翼連理の片身として離せぬ対象になっていきます。

「それに引き換え、わたしのポジションなんて、誰がやってもいいわけじゃない? 探偵は取り換えられないけど、ワトソンなんていくらでも取り換えがきく。本当に心配なのは──」
 その時、自分の頭に血が上ったのが分かった。
 美登里の胸倉を摑む。制服にプリントされたホテルのロゴが歪んだ。
 私と美登里の顔が接近する。お互いの息がかかる位置だった。美登里は余裕のあるような表情を浮かべている。それが腹立たしく、そして、こんな表情も愛おしいと感じている、自分のことがなお腹立たしかった。
「私にとっても美登里はたった一人のワトソンだよ」
   (紅蓮館の殺人(講談社タイガ)(Kindleの位置No.1329-1335).)

 強く結びつく女子高生探偵助手コンビ――はしゃぎながら言いますが、いやあ百合ですよ、百合。

 そこから10年。独りになった飛鳥井は探偵を止め、現在の高校生探偵の前に探偵ではない解決役として立ちはだかります。彼女は葛城と謎を解く能力は同等で、同じ些細な証拠・同じ速やかな時間で真実を見抜きます。異なるのは望む解決と自らの関わり方。
 女子高生探偵の成れの果て。名探偵の燃え滓。にして衰えぬ理智の化け物。
 ――そりゃあ、滾るというものじゃないですか。
 
 イマの無謬の解決編と、失われた名探偵の解決編の相克が、どういう結末を招くのか。
 タイムリミットを越えた最後まで目を離さず読み通させられました。


 以上。ミステリとしては兎も角、探偵小説としては大好きでした。

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