日本SFの臨界点[恋愛篇]  雑感

 伴名練氏によるSF短編小説アンソロジー
 力の入った巻頭言と後記、扉でのこの小説家はここが凄いとかあんな素晴らしい小説を残してきたとか嗚呼短編集の刊行が熱烈に待たれる――と言う言葉の連なり。SF小説とその歴史への迸る愛に圧倒されました。
 そしてその熱を持って紹介されている短編はどれも粒ぞろいであり、大いに楽しませていただきました。
 以下収録されている中で特に好みだった短編への簡単な感想です。

  • 和田毅「生まれくる者、死にゆく者」

 確率で死に確率で生まれてくる世界で、死に行こうとする祖父は生まれようとする孫に出会えるのか――。

 まず生と死との曖昧な存在とのコミュニケーションの取り方、そして亡くなろうとする者が徐々に存在感を消していき、これから現れようとする者がどんどん生き生きとしていく濃淡のコントラストの書き方が素晴らしかったです。
 その特異な設定な上で特異なすれ違いが出来るかの緊張と、そこで出会えたか出会えなかったかにせよそこに見られる普遍的な家族愛の発露という暖かさの絶妙な塩梅。
 ひっくるめて巧い小説でした。

 もしも14世紀から電話が欧州で開発されていたら――という架空の世界史を基にしたサイバーパンク物。

 長編の後日談のようなのですが、本短編内でしっかりと語られる電話のある架空の近代欧州史がめたくそに面白いんですよ。しかも語られるのがすでに欧州では統一された回線システムが破壊されローカルのみになった"今"から振り返えられた上で、回線使用料を取れない教会がお金をがっぽり稼ごうとして発案されたのが免罪電話サーヴィス!とか、読んでいてワクワクしないはずがありません。
 その上で恍惚とした音声でのクラック描写が冴えわたるクライマックスに至るので、もう言うことなしの傑作でした。

  • 小田雅久仁「人生、信号待ち」

 同じように信号待ちしている男女が、信号を待っている間に結婚して子供が生まれやがては孫が生まれて3世代で暮らすようになる――という奇想物。
 その奇想をこう処理するのかという抒情が好きでした。

 19世紀後半のメキシコの公爵の跡取りになる末娘は数多いる求婚者たちに結婚の条件として月を所望した――

 月を目指す求婚者たちのドタバタ騒ぎが、結果として科学が加速されていく顛末がはちゃめちゃに面白い。
 そしてその上で抒情たっぷりに締められるオチがキュート。
 巻末に置かれるに足る最高の短編だったかと。


 以上。まだまだこの世には面白い短編が数多あるのだなあと改めて教えてくれる良いアンソロジーでした。恐怖編の方も間を置かずに読んでいこうと思います。

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