逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成<F> 感想

 2000〜09年の短編から選ぶというコンセプトで編まれた『ゼロ年代日本SFベスト集成』として『ぼくの、マシン』と共に出版されたアンソロジー。両方共購入したのですが、既読の少ないこちらから読んでみました。
 世界・奇想編とされているように、どちらかと言えば奇想寄りのSFが収録されています。が、ハードSF――定義はともかくとして――が収録されておらず辺縁で固めた訳ではなく、確かにハードなSF短編も幾つか収められています。収録作は 逃げゆく物語の話 - 大森望 編|東京創元社 を参考にしてください。
 気に入ったのは『マルドゥック・スクランブル“−200”』、『冬至草』、『第二箱船荘の悲劇』、『予め決定されている明日』の4編。全体的に見てもそこそこレベル以上のものが揃っていました。科学理論の表出が日常の延長/終焉として現れる奇想SFを読みたいなら、うってつけかもしれません。日本人の手によるからこそ、海外の奇想SFよりもよりイマジネーションしやすいでしょう。
 以下、簡単に個別に感想を書いてみました。


『夕飯は七時』(恩田陸
 知らない単語を聞いたら訳の分からない妄想が形となって現実になってしまう学童達の日常を描いています。夕食の準備をするまでの短い間に知らない単語が出でくる方法は無理がなかったですし、密かに日常を守るために異能をごまかさなくてはらならない小学生視点もほのぼのしました。彼らの成長を考えるとにやにやする広がりもありますし、ワンアイディアワンストーリーの佳作でした。


『彼女の痕跡展』(三崎亜記
 “私”は覚えがない恋人を失った喪失感を抱いていて、同じように存在しない恋人の痕跡を展示するギャラリーに足を踏みいれる――という短編。三崎亜記作品としか言い様がない、変で妙で切ない設定にして内容でした。


『陽だまりの詩』(乙一
 『ZOO』で既読。埋葬させる為に創りだされたロボットは死とは何かを理解していく――という、あるあるという設定の展開に、違和感を重ねつつ、エモいどんでん返しに持って行くと、良く出来ていました。が、個人的には見え見えに作りすぎで鼻白みました。


ある日、爆弾がおちてきて』(古橋秀之
 同題の短編集で既読。好きだった少女と似た顔をした爆弾が空から落ちてきた――という出だしで始まる、青春系落ち物の秀作。内容は兎も角、恋人に禿げかかった頭を叩かれたいという欲求において、この短編は熱狂的に指示したい所。なお、あの短編集では『恋する死者の夜』が一番好きです。

 「ま も る く ん あ さ だ よ う」
 間近から声を掛けられて、飛び起きた。
 いつの間にか夜になっていたのだ。
 暗い部屋の中、青白い少女の顔が、僕をのぞき込んでいた。
「お ひ さ ま が ぽ か ぽ か だ よ」
 (『ある日、爆弾がおちてきて』(電撃文庫)、P90)

 という起こし方が奇跡的に完璧でした。


『光の王』(森岡浩之
 中盤までは素晴らしかったです。日々の事柄を健忘する人々の中、平凡な中年が思い出してはならないことを思い出そうとする過程に『光の王』が絡んでくるあたりは見事。けれども素直過ぎるオチが残念過ぎます。ギャグにしかならないストレートな仮想ネタなので、こう、もう少し、斜めに捻って欲しかったです。


『闇が落ちる前に、もう一度』(山本弘
 ID理論を科学理論にした如何にもな短編。やや野暮ったい感がありました。


マルドゥック・スクランブル“−200”』(冲方 丁)
 冲方丁がマルドゥックの短編を書き、かつ失われつつある少女の痛みを語るのですから、面白くない訳がありません。ボディーガード物としても娯楽的に楽しかったです。なお著者のことばでテーマが“「凍結のビジョン」と「幻の未来」”と語られてしまっていますが、もうそのまんまです。そのまんまなのですが、凍結して少女が失われ/爆発して少女が生まれる――、そんな交差する絵は美しいというのに吝かではありません。


冬至草』(石黒達昌
 放射能を帯びた植物を調査形式で語ります。淡々としながら迫力がある迫真の文章でした。ネタはすぐ割れますが、だからこそ最後に結ばれるイメージに震えます。


『延長コード』(津原泰水
 虚言癖のある妹の生前の話を聞くという内容。面白さがよく分かりませんでした。


『第二箱船荘の悲劇』(北野勇作
 日々リフォームされる摩訶不思議な建築物を抜けた文章で語ります。そこはかとなく『霞外籠逗留記』を思い出しましたが、より下品です。おしっこマーキング!

 
『予め決定されている明日』(小林泰三
 算盤で世界を語る仮想現実物。性格の悪い傑作。


『逃げゆく物語の話』(牧野修
 ポルノやホラーなどの青少年に悪影響を与えるとされる本が非合法とされた世界で、本を人の形にしたラングドールが逃げ惑う――という内容。ラングドールが破損するとテキストが漏れ出るという設定が活きていました。


  • Link