神聖にして侵すべからず 雑感

  • はじめに

 猫庭という街には王国があった。名はファルケンスレーベン王国。在りし日を忍ばせる優雅な宮殿と庭。住人は3名、女王と宰相と騎士。現在の女王の代の始まりは惑う女の子を前にした男の子の言葉だった。

隼人「僕が騎士で召使いで大臣で床屋だ!」
 そして瑠波は女王様になった。


 その夜、僕からこの話を聞いたかあさんは、
 その場で、ここへ引っ越してくる決断をした。


 こうして僕らは王国になった。

 これはそんな小さな王国にまつわる物語――


 という感じの内容。まず日本の片隅に遠い外国の王国の続きがあり、なおかつ街に溶け込んでいるという設定が実に良かったです。女王/少女と騎士/少年が自転車で街中を御幸をし、街の住人が慕ってありがたがる――正しく字義通りに有り難がる、そんなゲーム内の風景を受け入れさせられたら、後はもう浸るしかありませんでした。
 設定がそのように浮き世離れして確固としていれば、人物もまた同様に浮き世離れしているのですが存在感を持って在りました。ヒロインたちである女王・お嬢様・パン屋は言うに及ばず、住民たち一人一人が己の人生がありながら王国に関わってたのです。だからこそ登場人物たちの王国を巡る言動と成果は茶番とは言わせない力がありました。それがまた設定/王国を強めていたという良い循環がありました。
 それではキャラクタごとに感想を述べていきます。

  • 実蒔希

 のんびりした性格の箱入りのお嬢様にして、虫を主格を認めた上で愛し抜いています。特にクモ――あの八本足の節足動物――に目がありません。そのために住むお屋敷の庭を虫が住みやすい物に変えさせ、クモを目にすると喜んで接触コミュニケーションをとります。簡単に言えば見目麗しい人畜無害な奇人変人なのでした。
 そんな彼女と恋に落ちるのも一筋縄では行きません。二人で考えながらおっかなびっくり恋の入り口をうろうろします。

希「わたしたちは、世にいう
  相思相愛の仲なのでしょうか?」
隼人「わからない。考えないと・・・・・・
   考えてもいいかな?」
希「大事なことだと思います。
  お互いのことですし」

 この初々しさとお互い認めてからのイチャイチャは眼福でした。主人公が君の魅力はセクシーにない云々と言ってからの流れにはニヤニヤさせていただきましたね。
 メインストーリーとしては主人公がいかにして"王国を出るか"、王国の住人以外の人生の目的を得るかに主眼が置かれます。その悩む苦しみと、"僕は学ぼう"に至るまでは良い流れでした。
 これだけなら希ルートは全体的に無難ですが、クオリティが高くまとまっていたとまとめられます。
 ところがどっこい。
 最後の最後でアシダカグモが良い所を根こそぎもってっちゃうあたりが凄かった。こうくるか!というラストには感動してしまいました。あっぱれです。

  • 国友澪里

 容姿端麗文武両道ながらコミュニケーションに拙いお嬢様。国友家は金銭・地位ともに猫庭において実質的な力を持つ家であり、王国とは折り合いが悪く来ていました。特に彼女の母親は激しく王国を嫌っていて嫌がらせをしていたとされます。なので最初は澪里も王国の住人たちを嫌うのですが、実際に話してみると想像していたのと違った――という所から段々と仲良くなっていきます。
 コミュニケーションの拙さを治しながら将来やりたいことを見つけていくという流れは基本的に王道なのですが、壁として立ちふさがる澪里の父親の不気味さが良い味付けになっていました。良家の父親のワンパターンの行動に何を考えているかわからなさを加味するとここまで歪んだ存在になるかーと感心したくなる存在に昇華していました。その理解しがたいわけのわからさを超える/飲み込むのも一つのテーマであり、ひねられた成長劇として見応えがありました。
 これもまたいかにして"王国を出るか"のまた別のパターンでしょう。

  • 樫村操

 いきつけのパン屋の娘で、気の良い幼なじみ。
 恋愛物としては最初からほとんど好感度マックスにイチャイチャします。隣にいて安心する幼なじみの造形としては部類の出来でしたし、二人の恋愛模様は見ていて癒やされましたね。
 それでこのルートではこれまで紹介したのとは逆にいかにして"王国を維持するか"が主眼になっていました。主人公が恋愛して、彼のためを想い女王は彼を放逐しようとした。しかしそれは主人公と操が望む最大限の幸せの未来にはならない。だから――という流れ。
 天岩戸を前にしてみんなでわいわいがやがややりながら共同作業するのは実に楽しそうに描かれていました。よって神ならぬ女王が抗えるはずもなく。

  • 晴華瑠波

 猫庭の女王。
 これはストレートに"王国として在ること"がテーマでした。少年少女が後始末のために王国の歴史を探っていき、ついには真実を知るあたりの展開はよく出来ていました。特に他のルートでは浮き世離れを徹底した女王であり、浪費しつくした先代として描かれる瑠波の母・真理亜の成したことが明らかになるくだりは心が震える出来でした。
 最初に引用した宣言の重みと瑠波が女王として在ることの意味でひっくり返したり、タイトルに言及するあたり、まさしくメインのお話と言える位置づけにあるでしょう。

  • そのほかの要素

 個人的な推奨攻略順は希or澪里→操→瑠波。王国に関しての情報の含有率と盛り上がりを鑑みて、この順番をお勧めします。質が極端に落ちるルートはないですし、だれることはないでしょう。


 絵。白目に対する黒目の比率が高すぎて時々人類離れが甚だしい以外は悪くありませんでした。
 音楽。無難に作品を盛り上げていたと思います。
 エロ。エロの導入のシチュを凝ってみたり、1シーンで複数回やってみたり、そこそこ力が入っていました。

  • まとめ

 以上。完成度の高い逸品でした。お勧めです。

  • Link

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  • 以下妄想

 これまでの感想を単純に総括すれば穏やかなキャラクタが織りなす良質な群像劇に収まります。しかし実のところ、それだけではプレイしていて恋愛要素やエロ要素で盛り上がる以外で感じていた個人的な違和感を取りこぼしていることになります。
 どうにも私はプレイしていて、一歩踏み外したら奈落が待つ塀の上を踊りながら歩いている印象が離れなかったのです。如実だったのは平凡に優秀であることと即時対応能力に優れて異形の支配者に見えるのが並列する澪里の父親なのですが、他にも例えば虫好きのお嬢様・希を評しての言葉。

響子「お嬢様は生まれついての観察者なのです。
   冷徹な目を持った、冷たい冷たい観察者。」

 主人公とおとなしく恋愛する有様をおとしめる言葉ではあるのですが、実のところ正しくその通りなのです。初期バージョンのフラットな視線が完成していればどんな異形になったのか想像もつきません。ひょっとしたらBlack cycにも出演可能なナニカになっていたのかもしれません。
 他にも刑事から夢追い人になって、無惨な終わり方をしながら、いい話で締めくくられた瑠波の父親/王国の殿下だったりがあります。
 こうして疑い出すとどこまでも疑ってしまえるのも事実です。どれもこれも別の視点から見て、その視点から語られ尽くしたのなら、今の幸せとは成分が同じながら全く違う有様を呈したのではないか――と。
 それを自覚的にやっていそうなあたり何かありそうなのかなーとは思います。ただ、まあ、物語としては語られていないことなので深くは考えない方が粋なのでしょう。