天鏡のアルデラミン1-7 雑感


 7巻をようよう読み終わった身として、これ以上の感想は持ちえないのに変わりはありません。
 けれども、これだけで済ませると後々自分がどんな感情を得たのか忘れてしまうので、蛇足ながら備忘録として雑感を書いておきます。
 ネタバレなのであしからずご了承ください。
 




 本シリーズのジャンルはファンタジー戦記物に分類されるでしょう。同じ様にファンタジー戦記物だった前シリーズの感想で『これから戦術と戦略が練られて、設定の説明の仕方が巧みになって、要所でより格好良い台詞を吐かせて大見得を切るようになったら、どんどん面白くなるんじゃないか』と最後私は書いているのですが、その期待は同シリーズ内では完全に果たされずあえなく打ち切りとなりました。
 そして待望していた新刊、本シリーズの1巻目でとうとう才能が花開くのではないかと心が躍りました。


 主人公はサボり魔だが頭脳は切れ、後に『常怠常勝の智将』と謳われる青年・イクタ。
 彼が所属する国は熱帯地方に位置するカトヴァーナ帝国と言い、旧弊に囚われ黄昏を迎えている国家です。名家イグセム・レミオンによって軍は秩序を保たれていますが、政治は国王が統率出来ず政治家は腐敗し、宗教によって新しい発明・発見を生み出す『科学』は弾圧され、少数民族は迫害されています。対して新規に勃興してきたキオカ共和国は『科学』を取り入れ、異民族でも優秀な人材は取り入れ、柔軟性がある国家として書かれます。相容れないカトヴァーナ帝国とキオカ共和国とは敵対し、カトヴァーナ帝国は内外に問題を抱えています。
 技術レベルは航空分野では気球が戦争に導入され始め、銃器はレンジの短いものが多く、まだ剣での近接戦闘にも重きが置かれています。
 イクタが同期のヤトリシノ・イグセムと共に高等士官試験を受けに行く洋上、偶々第三王女・シャミーユ皇女と知り合った時から物語が動き始めます。
 以降は戦記物として王道をひた走り、イクタは怠けたい希望に反して軍人として少数民族や敵国家との敵対し、知力によって困難を跳ね除けて軍で地位を確立していきます。敵をはめて優勢に持っていく妙策や劣勢から痛み分けに持っていく奇策によって戦況がダイナミックに動く醍醐味は存分に味わえますし、同期の仲間たちと戦友として送る日常のかけがえのなさも輝いていました。


 戦記物のスタンダードな面白さに極上の彩を加えていたのは、個人の能力とテクノロジの進化とが重なり戦場のパラダイムがシフトしかけているのを見事に書き上げつつあることでした。
 銃の精度が上がりロングレンジの狙撃が可能となり、そもそもが銃に重きを置いていた『レミオン家』に生まれた狙撃の天才・トルウェイ・レミオンが狙撃銃を手にすることで、戦場の距離感ががらりと変わります。それまでは点と点で離れていたのを、狙撃隊が線で結び、先制・奇襲がより効果的になったのです。新しい狙撃隊を上手く活用していき、天才も応えて新しい戦法を生み出す連携はお見事でした。
 そして距離が延びることで、相対的に近接戦闘の重要性は下がり、近接戦闘で名を上げている『イグセム家』の扱いがどうなるかが問題に挙がっていきます。レミオン家の銃撃が主流となることで、イグセム家の刀は時代遅れになり捨てられるのではないか、と。


 ここで主人公イクタと、同期のヤトリシノとの『繋がり』が活きてきます。
 1巻で既にヤトリシノとは他人にうかがい知れない強い信頼関係で結ばれていると解るのですが、怠け者のイクタが厳格な『イグセム家』の後継者たるヤトリシノを具体的にどう考え、どう関わろうとしているのかは、巻を重ねるのを待たないといけません。そして巻を重ね、戦闘を重ねていく内に徐々に本音を隠す主人公の、冒されざる誠実な誓いが明らかになっていきます。
 時代は変わり、剣は置かれる。イグセム家は落ちぶれる。――だからこそ、今だからこそ、ヤトリシノという個人は救えるのだ、と。
 ヤトリシノはあまりにも正しい『イグセム』であり、『イグセム』として国家を主上に刀をもって朽ち果てるのを正しいとか判断しません。ヤトリシノを救うには彼女自身たる『イグセム』をひっぺはがすしかなく、それは困難極まる計画なのですが、彼にとっては怠けることが出来ない目的なのです。少しでも早ければイグセムは生存し終わることはなく、少しでも遅ければ国も家もヤトリシノも潰える。タイミングは現在こそがたったひとつのチャンスなのです。それ故にいずれは銃の時代になるのは自明な状況で、時代を進めるのを後押しし、銃のダイナミックな運用の先駆者となったのだし、軍人の誰からも畏怖されるヤトリシノにただひとり個人として付き合っていくのです。
 ここにおいて、時代の節目の変動がマクロとミクロとが高いレベルで融合していました。


 イクタとヤトリシノとの関係をいつまでも見たかった。……見たかった。
 過去形にしか語りえぬ事実に慟哭を。
 しかし、たぶんきっと目をそらしていただけで、示唆はされていました。
 イクタ――後の『常怠常勝の智将』。
 トルウェイ・レミオン――戦場に狙撃と言う新しい概念を持ち込んだ先駆者。
 シャミーユ皇女――カトヴァーナ帝国最後の皇女。
 彼女の未来は語られていませんでした。


 それにしても。

「出会ってくれて、ありがとう」
  (P454)


 ――ええい、くそう。何とかならなかったものか。
 ……何ともならなかったのだろうなあ。


 以上。それにしても、こうまでやってくれ、感情を揺さぶられたのだから、最後まで纏め上げ傑作にしてくれないと作者を許せませんね。

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