砂漠 雑感

 仙台にある国立大学法学部の同期生5人組の入学から卒業までを書いた青春小説。
 入学直後の飲み会という、同期生が唯一殆ど集う機会で何となく繋がりが出来るのが発端。冷めて他人から一歩引いた僕こと"北村"、表情をほとんど変えたい美女"東堂"、超能力を持つ癒し系の女性"南"、偏屈で理屈こきだが何処か憎みきれない男の"西嶋"。今まで接点がなかった面子をお調子者の"鳥井"が潤滑油となり、彼のしょうもない麻雀の誘いで縁が強固になり、友人関係が成り立ち大学生活を送るようになります。
 縦糸として「大統領か?」と仙台で問いかけながら暴行を加えるプレジデントマン事件とか、連続空き巣事件とかあり、ふわふわと関わるのですが、おおよそ大学生のだらだらとした日常が描写のほとんどを占めます。
 折りに触れては麻雀し、ボーリングをし、合コンし、生姜焼き定食だけがまずい食堂で飯を食い、ほとんどにおいて益体もない話をする――。時々刺激的なイベントが紛れ込みますが、大きい眼で見ると穏やかな大学生活でしょう。伊坂節の軽妙な文章でするすると話が進んでいくのですが、ふと気づくとそれなりに作中で時間が経ち、経った分だけ一緒に過ごした時間を積み重ねており、振り替えるとちょっとづつ人生が豊かになっていっているのが判ります。節度と品もほどほどに保ち、でも気取るほどでなく、瑞々しさに飛んだ彼らの日常を読むのは極めて爽快でした。


 さて本作の題名の『砂漠』とは、モラトリアムとしての大学生活と対比しその先にある行く末を答えがなく、自分で決めないといけない未来を指しています。と言っても無理な悲壮感はなく、『砂漠』に足を踏み出す前の猶予を楽しませてくれよという感じであり、読み進めるうちに、今を十分楽しめよ、と声援を送りたくなります。
 そんな中、砂漠という単語に匹敵するぐらい、キーになっているのがこのフレーズ。

 なんてことは、まるでない。

 後から見ると大きな節目になりそうな際に何度もリフレインされます。
 たまたま縁が出来た同期生により大学生活が豊かになる――なんてことはまるでない。
 たまたま出会った女生と恋に落ちそうな予感がした――なんてことはまるでない。
 これはある種俗っぽく物語る韜晦であり、安易な予測への自嘲です。そんなありきたりの妄想が起こる訳ない、と。
 ところがどっこい、良きにせよ、悪きにせよ、安直さを鼻で笑った後、大体において予測の否定こそが覆されます。学生活が豊かになるし、恋には落ちるし、たまに起きる問題なく終わるだろうという予測する厄介事は傷を残していきます。
 だからこそ、とうとう/ようやく大学生活が終わり、『砂漠』に直面しなくてはならなくなった時、"僕"が最後に妄想するモラトリアムの解体の内容がこのフレーズで否定されかけ、口の中で苦みが走ります。ああ、ここでこれまでのルールが適応され、モラトリアムは本当に解体され、青春が終わり、幸せだったひとときにパッケージングされていくのか……と。
 しかし次いで記される『三文字』で、予想への判断は留保されます。
 最後の最後でまだモラトリアムであること許してくれるのが救いか甘さかは、人それぞれでしょうが、青春そのものを書いた作品のこの作者ならではの読後感を生み出す一助になっていたと思います。


 以上。青春小説として気に入りました。いつか読み返したいものです。

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砂漠
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