なめらかな世界と、その敵 雑感

 出版社と編集者が百合SFの機運を高めて、実際機運が高まって、満を持して出版されたSF小説短編集。
 もともと評価されていた書き手ですが、twitter上などで書き下ろし短編が凄まじいという前評判が立ちに立っていたので、これはもう読むしかという感じで購読しました。

 一読して成程、と。
 これは傑作群だと膝を打ちました。

 朝日新聞の記事で"「ややこしい世界とか設定を書くときに、読者が一番ついてきやすい感情は、誰かに対する思慕なんです」"と述べてられていますが、本当にその通りで。
 今現在の、今此処の、切実な想いがセンスもワンダーもとありとあらゆる要素のSFのエッセンスと共に形になっていました。
 

 収録されているのは6編。
 粒ぞろいではありますが個人的なベストを選べと言われれば、表題作「なめらかな世界と、その敵」と、超絶の転換を迎える「シンギュラリティ・ソヴィエト」の2編になるでしょうか。

 「なめらかな世界と、その敵」は煌びやかな小説でした。
 並行世界での自分の人生を自由に選べる設定を元に、一節一節一文一文毎に世界が変わる文章は読むだけで楽しいものになっていました。そうして目の前の世界と今ここの言動が目まぐるしく鮮やかな変遷をみせながら、複数の人生が当たり前の少女が久々に出会った友人の少女の本当の姿を探っていくうちに、少女と少女の関係性もまた移り変わっていくのが本当に美しかったのです。
 彼女の/少女の孤独を直接的に書かずに(何せ今ここで読む読者の在り方でもあるので)、その世界にとって正しい少女が望んだ彼女の孤独の同質へとようやく辿り着き、そして追いついた瞬間に孤独が霧散する――
 あまりにも綺麗で、奇跡のようなオチで愛おしかったです。

 そして、「シンギュラリティ・ソヴィエト」。
 ソヴィエトがアメリカよりも先に技術的特異点を突破した未来、AIに育てられている赤ん坊を通して命じられた学芸員の少女がアメリカから忍び込んだスパイを尋問するというエスピオナージ。
 陰鬱でありきたりなディストピアから始まり、薄暗い人工知能博物館で未来の選択が迫られた時に突如訪れる転換/破調/崩壊。
 実のところ、あの昂揚、あの転換を評する言葉はちょっと思いつきません。
 百合で、神林長平で、と譫言のように阿呆な妄言を連ねることはできますが、なんかちょっと違う気もしたりしなかったり。
 今後好きなSF短編を上げよという時に口の中で転がるマイベスト級の作品なのは間違いがありません。

 他の短編も語ればここが良いとか言いつのれますが割愛。なお話題の書下ろしは・・・・・Line、ソシャゲ、なろうという今現在の流行をあえて盛り込んだ今現在からのSFの到達ではありますが、好きか嫌いかだとガジェットが好きくないかなーとだけ。
 ただこれは所詮は私の感想に過ぎません。
 誰しも読めば思い入れを抱くことになる短編が一つは見つかるんじゃないかな、と思います。


 以上。SFを堪能できました。今後も更なる活躍を期待しています。

  • Link

 「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」伴名練1万字メッセージ|Hayakawa Books & Magazines(β)
 SFの中心で愛を叫んだ覆面作家 伴名練さんの新刊好調:朝日新聞デジタル

 

なめらかな世界と、その敵
伴名 練
早川書房
売り上げランキング: 793