錬金術師の消失 雑感

 軍務省国家安全錬金術対策室《アルカヘスト》のスタッフ2人は《第五神秘・エーテル物質化》の謎を解くため、表面が液体水銀で覆われた《水銀塔》へと向かう。王国と帝国の緩衝地帯に位置する水銀塔にそれぞれの目的を秘め14人が集った翌日、首無し死体が2体発見される――

 錬金術師シリーズの第2長編となります。
 エーテル操作を実現していながら神秘の再現には至らない技術《変成術》、振るえる者は生まれながらの7人しかいないとされる神秘をなす《錬金術》。7つの神秘を解き明かし、神へと至る方法を模索する《錬金術師》たちだが、2000年経ってもまだ《第六神秘・元素変換》までしか解明/再現されなかった。あやふやな者に縋らず、科学の力のみに頼ろうとする国家も出てくる昨今、ようやくエーテルを物質化する《第五神秘》の解明のとば口に立たれようとしていた――というのが世界観。
 その特殊状況下のルールによる本格ミステリとして書かれたのがこのシリーズです。
 前作の『錬金術師の密室』は地下の三重密室で錬金術師はいかにして黄金の剣で貫かれて殺されたのかというミステリで、特殊設定とトリックを十二分に使って外連味に溢れた上できちんとロジックを成立させようとしていました。あとがきでも述べられていましたが、城平京作品ぽさがあり好感が持てる作品でした。

 満を持しての次作になる本巻では、液体水銀で覆われた《水銀塔》では個人の部屋は登録された本人しか開けられない生体認証がかかっており、0時~6時までは自室から出られないロックが発動するにも関わらず、その時間内に聖騎士と新聞記者という共通点のわからない2人が殺されて首無し死体となったというのが第一の謎です。いったい誰がどうやって生体認証を越えて犯罪を為しえたのか、王国と帝国のそれぞれの錬金術師が挑む――という流れになります。
 
 《水銀塔》を特殊設定でもルールに則っている舞台だときちんと成り立たせ、そのルールの中でなにが起きたのか解き明かす推理合戦。
  なぜ首を切断されていたのか。
  なぜ一体の体は廊下に放置されていたのか。
  なぜ一体の体は拷問の痕があったのか。
  どうやって頭を処理したのか。
  どうやって・・・
 事件を調査し、それぞれのアリバイを調べていくうちに謎が増えていき、筋の通った解釈をしようとしてもどこかで《水銀塔》のルールに抵触する。
 これこそが特殊ミステリだという、面白みに溢れていました。
 そして異常な事件だからこその異常な論理の絵解きがされ、異常だけど腑に落ちる筋の通った異常さでこれが正解かと思いきやの――その更に上を行く解決編。犯罪と大いに関係しながら全く次元がずれた目的が明かされる《水銀塔》の意外な正体を含め、美しい答えでした。

 本シリーズのもう一つの特色としてミステリのお約束というか古典的なルールの再利用が上手いことがあります。前作は『Yの悲劇』を筆頭とする犯人を本歌取りしましたが、本作では海外のフロアのずれを使ったトリックとなっていました。遊び心なのでしょうが、それら本格ミステリ特有の特異なお約束を特殊な設定を使って成り立たせているのを読み取るとにやりとしちゃいましたね。


 以上。改めて、特殊設定下のミステリの快作でした。城平京北山猛邦の一連の作品群に勝るとも劣らない、派手なトリックと異常で論理の通ったロジックを並立させるミステリシリーズとして今後の新刊も楽しみにしています。

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