スターティング・オーヴァー 雑感

 ある日気づいたら2周目の人生が始まっていた。1周目の幸せな人生を再現しようとするも失敗し、落ちぶれた。そして大学で自分の1周目の代役に出会う――
 

 という青春小説。
 落ちぶれた青年の鬱々とした語りで全編進んでいきます。こうではなかった、こうなるはずだった、今は違うのだ、と。そう宣い続けて間違い続けた自分の暗さが無駄であると自覚する程度の自意識と理性は当然兼ね備えており、そう言う自分を嫌いになり、なお余計鬱々とするという悪循環の沼にはまります。

「俺は本当にただ、話を聞いてほしいだけなんだと思う。──なあ、お前には、こんな気持ちがわかるかな? これまで生きてきた中で、正しいことだけはなに一つやってこなかったっていう、そういう感覚がさ」
「わかると思うよ」と僕は答える。
  実際、それをこの世界で一番痛感しているのは僕だろうと思うよ。一周目という「正しさ」を知ってしまっているんだからね。
   (三秋縋.スターティング・オーヴァー(メディアワークス文庫)(Kindleの位置No.1353-1357))

 問題となるのは何を間違えたのか、そして「正しく」なるには如何すれば良いのか、と延々と悩み続けることになります。
 その明るいところから落ちてきて明るいものを目指す青年の一人称の文体は、太宰系の系譜というか、明るい救いのある初期米澤穂信的というか、心の底が屑じゃない唐辺葉介ぽいというか、嫌いではなく、むしろ非常にしっくりくるところがありました。
 出てくる名前のあるキャラたちも失敗した者たちが連なり、みな人生に濃い影がおちています。
 題名が意味をもつ時に物語の仕掛けも判明し、そういう自分を嫌いになっていく過程だった生き方にどうひとまずのオチをつけるのか――となっていきます。
 この構造自体がさほど優れている訳ではありませんし、その隠されていた真相もそんなに衝撃的ではありませんし、クライマックスの処理も雑ではありました。2周目になったガジェットはどうでもいいと言えばどうでもいいいので、それを全く無視するのはまあそんなものかなと。
 けれども、暗い底を這いずる人生に光が刺す――という結論は嫌いになれないお話ではありました。


 ただ割と本筋はどうでもいいところがあって。
 妹がいいんですよ、この小説。
 1周目は主人公を気にかけて世話をしにくる明るい妹だったそうです。
 2周目は落ちぶれた主人公に影響され、内向的で何もできない妹になります。兄も疎み、好きじゃないような振る舞いが多いです。

  僕が妹の言葉に反応を示さずにいると、「人の話はちゃんと聞きなさい」とティッシュの箱でたたかれた。やれやれ、彼女がこういう風に横柄に振る舞うのは、僕を前にしたときだけなんだ。内弁慶っていうか、兄弁慶っていうかさ。
    (三秋縋.スターティング・オーヴァー(メディアワークス文庫)(Kindleの位置No.714-717))

 妹に踏まれて目を覚ました。踏まれて、というか、足でつつかれて、というか。とにかくあまり上品な起こし方じゃないのは確かだったな。「図書館に本返すから」と妹はいう。「起きなさい」
   (三秋縋.スターティング・オーヴァー(メディアワークス文庫)(Kindleの位置No.1415-1417))

 こういうのがほんと多くて、によによしっぱなす。
 本筋はどうでも良いので、妹との関係の修復する過程をもっと長々と書いて欲しかったですねえ。


 以上。面白くないですが、妹を味わう小説として楽しめました。

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