戦場のコックたち 雑感

 1944年ノルマンディー上陸作戦にティモシー・コールはアメリカ陸軍のコックとして従軍することになった。彼は同じ中隊に属するコックたちと奇妙な事件に遭遇しながら戦場を這いずり回る――

 第二次世界大戦を舞台に、食べることが好きで平凡な青年の一兵卒を主人公とした長編ミステリ。
 パラシュート歩兵連隊に属するため空から降下して命からがら拠点を制圧し泥と血と硝煙にまみれながら進軍していくのですが、そこかしこでなぜかしら奇妙な出来事に出会います。何故偏屈な領主は野戦病院のために館を貸してくれたのか、ちょろまかされた大量の不味い不味い粉末卵は何故盗まれたのか、ドイツ軍から解放された村の夫婦は解放後に何故互いに自殺したのか、etc。
 ここで大きな問題となるのが、世界史稀に見る大量死のまっさなかであることで。

「自殺を偽装する必要がないからな。ここは戦場だぞ、誰かを殺したければ、まどろっこしい細工をしないで、適当に撃ってその辺に死体を転がしておく方が自然だ。第一、偽装するくらいなら、拳銃を脇に置いたり祈りの格好をさせたりしないだろう」
 (戦場のコックたち(創元推理文庫)(p.247))

「馬鹿じゃねえのか、謎解き謎解きって……いい加減にしろよ。戦争中だぞ」
 (戦場のコックたち(創元推理文庫)(p.296).)

 登場人物たちは死が近い戦場でどんどんと消耗していきます。
 戦場/異常な場所において彼らが変わった出来事だと思ってしまう感情は戦場によって培われてしまった心理的盲点によってもたらされるものだ――というのが設定の妙でした。
 動機が生まれたのもそれを見抜けないのも戦場だからで、戦況がエスカレートしていくにつれて誰もかもの心はより荒んでいき人が起こす事件が悲惨なものになっていくのもむべなるかな。
 本作は謎解きのあるミステリであることがちょっとした救いとなっており、明晰な同僚によって謎が解かれることで吹けば飛ぶような一兵卒にせめてものささやかな秩序がおとずれてくれます。たとえ命令のままに動いて生死が軽い紙のように翻弄されるのだとしても、目の前で起きた出来事は理解へと回収されるのだと。
 しかし悲しいかな、繰り返しになりますがここは戦場であり、探偵役もまた一兵卒でしかなく、主人公が頼りにしていた彼は途中退場をやむなくされます。
 だからこそ、主人公が戦場で最後に出会った事件は、主人公の意志と手で解決されねばなりません。それはもう少しで戦争が終り、主人公が家族の待つ日常に戻るための大事な手続きだったのだ――となるのはあまりにも悲惨な経験を経てたどり着いた小さな希望として、綺麗な物語の畳ませ方でした。


 以上。戦争を舞台にしたミステリとして抜群の出来でした。お薦め。

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