生まれてくる子供が共感覚を持つようになった現在、自分自身の体を乗り物として操縦するように認識させるサプリ『ヴィークル』を用いたヴィークルレースが若者の間で流行しつつあった。羽鳥哉視は新チームの一員としてヴィークルレースに挑む――
ライトノベルの単発長編。
ドラッグを取り上げたライトノベルにDクラッカーズという名作があるのですが、それに負けず劣らずクールな作品になっていました。
子供たち皆は感情を制御し、共感覚をコントロールするためにサプリを摂取しているというのが基本設定。そのサプリの内の一つ『ヴィークル』に適応出来た者だけが自身の体を操縦するライダーになれ、そしてライダーたちが体を操縦してコースのないフィールドを踏破し最速にゴールを目指すレースがヴィークルレースと呼ばれています。
──意識したとたん、ぽぽぽぽぽ、と起動音が聞こえはじめた。
周囲に明かりが点り出し、羽鳥はシートに座りなおす。
ぴったりフィットした革張りのシートはあつらえたように背中に馴染み──当たり前か、と笑う。
これは、おれが、おれのために、記憶の中から生み出したもの。
フィットしないはずがない──
(うえお久光.ヴィークルエンド(電撃文庫)(Kindleの位置No.813-818))
これは自分の操縦席におさまる描写なのですが、すべてはそう認識しているに過ぎません。ハンドルも、シートも、コンソールも実在しません。
しかし、この身体の操縦――呼吸数がエンジン音・心拍数が振動に変換されるコックピットで反射を設定したオートと任意に動かすマニュアルとを切り替えるレースの描写が抜群に格好いいんですよ。
共感覚で強化されたパルクールと言ってしまえばそれだけなのですが、これならば新しく熱狂するモノになろうと――格好良いからこそ説得力がありました。
そして主人公が共感覚を呼び起こす歌を歌う少女と出会い、なぜ走るのか/なんのために共感覚と感情とを人工的に呼び起こすのかの問答を経て熱狂のクライマックスにいたるまでついぞ青春の疾走は止まず、この作品でしか味わえない思索を最初から最後まで浴びっぱなしでした。
なるほど、これぞ傑作だと深く頷いた次第です。
以上。読む旬の時期を逸した感はありますが、ライトノベルSFとして大いに楽しめました。
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