清少納言が内裏に出仕し中宮に仕えた顛末を書いた時代小説。
取り上げられるのは藤原道長の栄華が訪れる直前の、10年にも満たない年月の出来事です。
平安時代の上流階級のしきたりや男女の機微はほぼ完成し、恋せよ歌えよ書けよと彼らはさんざめきます。
そうした当代に咲き誇った「はな」があった――と清少納言が言い切るために本書は費やされることになります。
最初機知に富み観察眼に優れるが引っ込み思案で自信のない二十後半の女性である清少納言は望みだった宮中に参れたものの、己の一挙一動が間違っていないか怖がる慄きに圧し潰されようとします。しかし、そこで彼女の人生が――生きていく意味が決まります。
選ばれた方々にしかこの世にあらわせない華の素晴らしさ。それにふれることで初めて見ることのできる夢の数々。そんな華と夢を見せてくれた方への感謝を抱くとき、なぜ浄土に憧れる自分がいまだ世を捨てないのか、その理由が、はっきりわかる気がするのです。
「わたしは花を見たかった」
そっと呟くとき、わたしの心には決まって幸福に満ちた思いがよみがえります。
(はなとゆめ(角川文庫)(Kindleの位置No.404-408))
関わったことを、見たことを、触れたことを。あの方と時を共に過ごしたのだと、自分の一生を誇るに足る美しい華に出会えた誉れと幸運とを清少納言の目を通して共感し打ち震えることができました。
そして清少納言と言えばの、『枕』。
和歌でも漢詩でもない「ことば」が、あの方との絆として生きていくのは滋味掬すべきものがありました。
あと作品の意図と清少納言の在り方をさりげなく説いた解説も見事だったかと。
以上。質・量は小品ですが、良い作品でした。
- Link