独立した短編5編が収録されたSF短編集。
どれもこれもが可読性が高くて、わくわくして、ああ良い作品だったと読み終えることができるツブ揃いの作品群でした。
バイクに搭載されたAIと仮想車体との会話劇が染み入る良質なクロニクルを織りなした『ろーどそうるず』。
ちょっと迂闊で騒がしい女性オペレーターがドタバタしながら太陽系の変革に巻き込まれていく爽やかなファーストコンタクト物の『星のみなとのオペレーター』。
祖父からAI搭載の車と運転用のアンドロイドを相続した女性がシンギュラリティのきざはしを目の当たりにする『リグ・ライト』。
それぞれ楽しく読めました。
ただとりわけ、表題作の『アリスマ王の愛した魔物』が白眉。
むかしむかし、あるところにたいそう数学の好きな王子がおりました──。
(アリスマ王の愛した魔物(ハヤカワ文庫JA)(Kindleの位置No.1001))
そう語りだされ、絢爛たる昔噺が構築されていきます。
数学好きな王子が平凡な世界に未知を導入したもの――メカニックがなくテクノロジが足りず算術だけが嵩じた時に顕れるもの。そして、その活用。
題材と調理と語り口が揃った、あまりにも見事な数学SFかと。
この作品の傾向の一つとして如実なのはこの問い。全く何も知らない、根本の基盤が異なる人へのその世で自身にしか意味が分からないかもしれない問題。
王が片手を伸ばします。優しく微笑んでささやきます。フィラスの王の王女様、どうかお顔をおあげなさい。そんなに卑屈になることはない、ひとつお聞きしたいだけなのです。
涙にくれた美姫が尋ねます。どんなご質問なのでしょう?
アリスマ王は言いました。
「縦と横と高さの三軸からなる空間に存在する幾何学図形集合空間のうち、基本群が自明であるものは、どのような図形だとお考えでしょうか?」
(アリスマ王の愛した魔物(ハヤカワ文庫JA)(Kindleの位置No.1335-1340))
答えられなかったらどうなったかを含め、奇怪で残酷で美しい一瞬でした。
オールタイムベスト級に好きな作品かと。
以上。小川さんの作品の打率の高さに震撼した一冊でした。天冥の完結も近く、非常に心待ちにしています。
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OHP-アリスマ王の愛した魔物 | 種類,ハヤカワ文庫JA | ハヤカワ・オンライン
<過去感想>
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