佐伯沙弥香についての物語の完結編。
彼女が、幸せを得る物語。
大学二年生の初夏、まだ自分の成すべき正解は分からない。
分からないから、どこにでも進むことができた。
(やがて君になる佐伯沙弥香について(3)(電撃文庫)(Kindleの位置No.414-415))
あるキャラクタの人間性を浮かび上がらせるのに幾つか手法はあります。
本作においては、何が好きで、何を大事にするかによって、沙弥香らしさが際立っていきました。
祖母、両親、猫、移り変わる――好きな人、エトセトラエトセトラ。
これまでに出会った全てと相対して彼女が作りあがっていき、成り立っていく過程で傷ついたり失ったり得られなかったり。
ある物語の一つの結果として3年に渡る恋心が終わった後、2年の休みを経て、また沙弥香らしさが試される時が来ました。沙弥香にまっすぐに好意をぶつけてくる後輩に出会うことで、判断する主体が大きく大きく揺らいでいきます。
次の講義に行かないといけない。そして方角は概ね間違っていた。
「……………………………………」
足は止まらない。どこへ行きたいかを訴えるように。
背中に浮かぶ僅かな汗は、降りかかる過剰な熱と無縁のように悪寒めいたものをなぞる。
習い事だって一度としてサボったことはなかった私だ。
少しだけ、指先が痺れるように緊張した。
(やがて君になる佐伯沙弥香について(3)(電撃文庫)(Kindleの位置No.752-757))
兆しや予感に突き動かされ、強い一目惚れとは違う徐々に奥底で点火する熱に戸惑い、沙弥香は大事な人となりうる人に向かい合います。それは整理されていた在り方とか記憶とかそれまでを崩すもので。
好きになるのだろうか、大事に思えるのだろうか――その恐る恐る進んでいく過程の、なんと瑞々しいことか。
これまでも一人称によって、主体の本質の美徳――硬質で、ひたむきで、綺麗――が描写されてきたのですが、それがいつにもまして彩を増していく艶やかさに目を離せませんでした。
だから。
幸せになった彼女を大いに祝福して読み終えられた気分はちょっと言い表しにくいぐらいに快いものでした。
以上。好きな作品が終わるのは寂しいものですが、こういうのも悪くないかなと。
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<既刊感想>
やがて君になる 佐伯沙弥香について 雑感