帝王の殻 感想

 「あなたの魂に安らぎあれ」を一部ネタバレをしているのでご注意ください。




 火星三部作の第二作目。
 時代は前作「あなたの魂に安らぎあれ」より以前、地球人が未だ火星の衛星軌道上において凍眠している。舞台は火星の都市・秋沙。秋沙では皆、銀色のボール状のパーソナル人工脳・PABを所有している。会話などを通して各人の経験データを蓄積をするPABは所有者と同じ思考をするようになり、火星人はそのPABと会話しながら実際に行動するようになっており、人工副脳となっていた。そしてPABの開発企業・秋沙能研は事実上火星を支配していた。
 その秋沙能研の長にして帝王だった秋沙亨臣が死亡し、後継者に指名された孫の真人は火星暦で生後2年半一切の感情を表さない少年だった。しかしPABを集中管理するシステムが稼働すると同時に目覚めた。火星を支配する帝王として――


 という内容です。
 まず物語の肝になっているPABについて。自己との対話、自己の分裂、自己の否定etcを目に見える形で行われる気持ち悪さと理解のしやすさ、また本人の死後は“魂”とも言いうる存在ともなり、あらさま過ぎますが広範囲に使い勝手の良いガジェットとなっています。PABを信じない人・用いない人が精神分裂病だとされるように捻れきっているのも面白い所でした。


 基本的にはこのPABを真人が一括支配するようになるのを防げるかどうかがテンポよく語られていきます。


 ここで主要人物である生まれてから感情を出さなかった少年・真人に繋げますと、

 ぼくが、帝王だ。あなたじゃない。

 長い長い停止から覚めて、真人はそう宣言します。しかしPABは幼い心を持ったままです。
 その齟齬は何処から来るのか、目覚めた帝王の真人は誰なのか、或いは何なのか?
 物語上の大きな謎となって、読み進める原動力の一つとなっています。感情を表さなかった原因には痺れました。初めの文章になるほどと膝を打つましたし、少年の幼い人生に思いを馳せると胸にこみ上げるものがありました。


 また名付け方からしてあるテーマがあからさまに出ています。何せ、“真の人”。そんなものは本書において誰も知りません。その相対化として本作の大きなファクターである地球人と機械人が効いているように思えました。
 まず地球人ですが、PABの支配が進む内に凍眠している地球人の管理が危うくなり、安全を確保するため一部の軍人が目覚めることになります。筆頭が「あなたの魂に安らぎあれ」でそれまでの物語=夢の終わりを告げた梶野少佐です。今度は登場人物紹介に載っており、登場が初めから示唆されています。梶野少佐は火星に降り立ち、事態の収拾に動くのですが、前作と役割は似ているようで、決定的に違います。積極的に介入出来ません。ここは火星であり、地球人の不益にならない限りは火星人への干渉は拒否されますし、否定しています。いなければいけませんが、物語を解決の方向へ向ける抑止力としてしか機能しません。その“いる”ことこそが火星人に自らが火星人であると認識させてしまうことになります。
 機械人は低いものと見られており、人の写しであるPABの対比となっているように感じました。なお出てくる機械人は梶野少佐と縁があり、地球人の更に以前の時代を匂わせます。恐らくは次回作につながっていくのでしょう。


 以上。前作からひたすらと問われる“人とは何か”。その定義がされない不安定な状態を写しきった見事なSFでした。


 蛇足ですが最も気になったことを一つ。「あなたの魂に安らぎあれ」、「帝王の殻」と続いて、人前で全裸にならせているのですが作者の趣味なのでしょうか? しかも「あなたま」はロリ、「帝王の殻」はショタです。や、どちらも好きな場面なのですがねー


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 あなたの魂に安らぎあれ 感想 - ここにいないのは


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