無傷姫事件 雑感

「私で間に合うまいが――君はまだ若い。あるいはそれを見届けることがあるかも知れない。そのときになったら、しっかりと見極めて欲しいものだな」
「何をですか?」
「無傷姫という空虚の終わり、その欺瞞の停止、そして<カラ・カリヤ>という国家の消滅を。(以下略)」
        (P11-12)


 本作は事件シリーズの6作目となります。第1作は2000年6月6日に発行されたのですが、発行前の三文の煽りと私の盛り上がりはなかなかのものでした。"あの"上遠野浩平新本格に殴り込む――と。ほぼ期待に違わぬ作品でした。ど直球のファンタジー設定なのですが、ブギーポップ側の世界を異世界として研究する界面干渉学があるというように上遠野作品におけるサーガとして当然のように組み込まれていました。そこかしこで異世界ブギーポップ側の世界)からの影響や漂流物があり、にやりと出来ますね。


 さて、上遠野作品の根幹は『超能力や異能力の活用』であり、活用することで何処に人間は行くのだろうか/何処まで行けるのだろうか――というあたりがテーマであると、個人的に勝手にとらえています。
 初期のブギーポップでは人類が進化しないように見張る組織・統和機構というぞくぞくくる設定の下で異常な進化を遂げようとしつつある<世界の敵>が奇妙な事件を起こすのですが、思春期の男女が日常の脇道にそれるというちょっと変わった青春物の色合いが強かったです。異能もそれ単体で世界をいかにして変えようとするのか、というシミュレーションに近いものがありました。
 しかし『エンブリオ』で<最強>というあんまりにもあけすけなとどのつまりとそれに工夫して対抗する異能力者が出現し、ブギポ8作目にしてようよう異能力戦闘の多様性が生まれていきます。
 そして『ジンクス・ショップ』に至り、その前にもほころびがかしこで見えていた統和機構の限界が露わになり、この世界は<現在の人類であること>が制御不能になりつつある臨界点なのではないか――となっていきます。
 ただ私はリアルタイムで追っていた時は、ブギポはまだまだ面白いけど微妙だな、『ぼくらは虚空に夜を視る』はそりゃ傑作だけど、『パンドラ』のような凄い作品をまた書いて欲しいなあと思っていた覚えがあります。
 しかし『ファウスト vol5』の上遠野特集で元長柾木さんの文章を読んで補助線が引かれ、『ヴァルプルギスの後悔』シリーズを読むにあたって、ああそうかと膝を打ちました。青春物ではなく、異能により起こりうる可能性の戦争こそが本質であるのだ――と理解して、上遠野作品の楽しみ方が変わりました。ちと把握が遅かったかもしれませんが、目から鱗でしたね。
 以降で異能力・超能力はガンガン出てきて、競い合って敗北したり、自滅したり、そのどれもが未来への道筋でありながら容易に潰えていきます。ほぼ管理を外れながらも、容易には変わらない世界の強度こそを楽しんでいました。
 なにせ、しかしいつかそう――『ナイトウォッチシリーズ』で語られるような圧倒的な敗北を来たす、或はそう――『冥王と獣のダンス』で語られるような異能力が幅を来たす社会になるのですから。
 幸いなことに異能戦の描写というか、異能を物語にする手腕もだんだん卓越していき、時々凄い絵を結実させることがありました。例えば、『戦車のような彼女たち』のクライマックスのエモーショナルさは、小説上で異能を十分に使いこなし、なおかつ人物の感情を豊かにしないと形に出来ない情景であり、よくぞここまで!と興奮したものです。


 閑話休題。導入が長くなりました。
 言いたいこととしては最近の上遠野作品は何を達成するか解らないから目を離せない――ということでして。
 本作もまあ素晴らしいことをしでかしていました。


 書かれているのは、大国のはざまに戦争のどさくさで建国された小国<カラ・カリヤ>とその象徴たる無傷姫が代々継がれて行く歴史です。それまで姫たちが行ってきた決断とその余波は<事件シリーズ>の世界の歴史の流れをあらわにするものでした。6作目まで積み重ねてきた世界の質感があるからこそ張り巡らせられた人物と出来事――歴史の伏線の糸はそれぞれが豊かな物語であることができました。
 例えば、<戦士>マーマジャールの始まり。
 例えば、七海連合の始まり。
 例えば、オピオンの子供狩りの始まり。
 例えば――――世界が終わろうとしていた事実。
 点と線が繋がって形になっていく絵はひとまずの歴史の解としてお見事でした。
 

 ただし伏線回収と歴史の紡ぎ方が綺麗な作品であるだけならそこまで興奮はしません。
 あの、フィナーレ。
 ――奇蹟のような幕引き。 
 P253からの一連の美しさはといったら、もう――。

 なんの不自然もないことが――どうして今まで起きなかったのか不思議だったことが、そこで終わっていた。
    (P256)

 こんな凄いものを形にしてくれた手腕に祝福を。そしてこれからも素晴らしい作品を生み出すことを期待しています。


 以上。上遠野作品が好きな人は間違いなく楽しめるでしょう。

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