燃えよ剣 上・下 雑感

 司馬遼太郎による土方歳三をメインとして新撰組を取り上げた歴史小説
 最近だと京極夏彦による土方歳三をひたすら人を殺してみたかった人間として書いた『ヒトごろし』やちょっと前だと浅田次郎新選組三部作やら読んできましたが、そもそものこの有名作を読んでいなかったなーと一読してみました。や、というか司馬遼の長編で読み通したのが何故か『項羽と劉邦』ぐらいしかないという不勉強さなのであったり・・・。『梟の城』とか『坂の上の雲』とか映像化は何作か見たんですがね。

 それで読んだ感想なのですが、なるほどこれが土方歳三像、そして血なまぐさい青春としての新選組像の古典にしてスタンダードかと納得した次第です。英雄史観が強いというのは自分の場合は欠点にならず、大いに楽しんで読めました。
 近藤勇土方歳三沖田総司が一旗上げようと田舎から京に行き、幕末に幕府を守る武装集団として若い命を燃やした高揚。
 最期までバラガキで冷徹で鬼の副長だった土方歳三
 明治維新という新たな波に乗り遅れた組織の時代遅れのひとで――――だからこそ、あまりにも格好良かったのです。
 剣客集団を新選組に組織立てる冷徹な手腕も、田舎者で学がなく思想もなく口下手なのも、好悪を表に出し過ぎる偏屈家なのも、いかなる戦場と死地においても地図を記し作戦を立てる怜悧な策略家なのも並び立つ在り方。

「歳、きくが」
 近藤は、冗談めかしく首をすくめた。
「おれがもしその四つに触れたとしたら、やはり斬るかね」
「斬る」
「斬るか、歳」
「しかしそのときは私の、土方歳三の生涯もおわる。あんたの死体のそばで腹を切って死ぬ。(以下略)」
  (司馬遼太郎.合本 燃えよ剣(上)~(下)【文春e-Books】(Kindleの位置No.2729-2731))

 そのときすでに歳三は、五、六歩飛びさがっている。刀を下段右ななめに構え、越前藩邸の門柱を背ろ楯にとり、
「どなたかね」
 闇のなかに、まだ三人いる。
「雨の夜に、ご苦労なことだ。人違いならよし、私を新選組土方歳三と知ってなら、私も死力を尽して戦う覚悟をきめねばなるまい」
   (司馬遼太郎.合本 燃えよ剣(上)~(下)【文春e-Books】(Kindleの位置No.5001-5004))

 目元涼やかに激情を燃やした生き方と、その書き方は本当に見事でした。
 これぞ土方歳三だ――という講談の理想の一つかと。

 またあまりにもこの作品が魅力的だからこそ、他の作家が新しい史実と解釈によってその影響の重力を脱した土方像を書きたくなるのも判りますし、大いにその目論見を歓迎したいところ――きっと達成するのは極めて難しいでしょうが。


 以上。この勢いで血風録とか他の維新物を読み進めていこうかなと思います。

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