ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。 感想

 趣向を変えて本の話。色々とネタバレに近いことをしています。京極夏彦の「狂骨の夢」を読んでいない人は注意してください。

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 個人的には好みではないのですが、奇作とは認める「いつか、届く、あの空に。」のライタの作品と聞いて読んでみました。結果として「いつか、届く、あの空に。」の評価を改めなくちゃいけないかなーと思うようになってしまいました。
 

 兎も角まずは本作の感想。良質なツンデレのメインヒロインと、人の気持ちを解さない主人公とが彼らの町の風習である『お見合い』を行う、というお話。展開は基本的には自身の悩みが全ての始まりだったと主人公が気付くまでを丹念になぞるのですが、明快な文体によって曖昧な所もなく判り易く描写されていました。キャラクタでは、ヒロインたちの造形は優れてはないにせよ成功していますし、脇役は描写がやや足りないですが長さからすると善戦しています(陛下の処理は不満ですが)。そして最後はすっきりとツンデレ万歳といったエンディングを迎えます。
 以上、単体で見れば手堅くまとまった良作でした。


 しかし「いつか、届く、あの空に。」前半の萌えゲの範疇に収まっていた描写のクオリティからすれば、この程度は書けて当然かもしれません。


 では何処が評価を改める元になったかと言えば、本書の大仕掛けにあります。
 それは“信用ならない視点人物の語り”、および“目的がある光景描写”です。
 “信用ならない視点人物の語り”とは大筋で語り手を支配していた思考回路はその人物の生来のものではないことを指します。つまり描写される世界は2重に装飾されており、描写・心情を額面どおりに受け取れません。
 目的がある光景描写とは要は伏線のことで、ミステリではよく使われる手法です。例を挙げれば京極夏彦の「狂骨の夢」の脳髄に似た2つの屋敷が判りやすいでしょうか。
 共に描写をまっとうと信じた瞬間から、欺かれる仕掛けになっています。この仕掛けが成功した場合、強いSOWが発生することになる、大きなメリットがあります。
 本書での具体的な内容については言いませんが、前述したとおり、語り手がその自分が行っている2つの隠蔽工作に気付く時が物語のオーラスとなっています。成功しているかどうかは……各自が判断することですね。
 
 
 そして、これらの仕掛けは「いつか、届く、あの空に。」にも使われていた……はずです(記憶が曖昧ですが、多分)。ただ私はプレイした当初は、萌えゲからシリウスに変身とか、傘VS戦車といった超展開についていけずダウンしたため、その仕掛けの醍醐味を味わっていません。
 この本を読んで、ひょっとして惜しいことをしたんじゃないかという思いがふつふつと湧いていきました。いつかやり直すときがきたら、踏まえてやってみます。

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