鹿乃江さんの左手 感想

 「知ってる? この学校、魔女が出るらしいよ」
   (P8)

 願いを叶える魔女が現れるという噂が流れる女子高を舞台にした短編集。出てくる登場人物はほぼすべてが女性であり、彼女らの葛藤や衝動、愛情などが取り上げられる、基本は青春小説あるいは思春期物です。様々な年代の女性らの様々な想いが行き場を無くしたまま日常に澱もうとするのを、願いを叶える存在を意識させることで自らの"願い"とは何かが引きずり出されて想いが方向性を持ってある答えを出そうとし、物語が動いていきます。つまりは魔女は狂言回しの役割を果たし、メインは願いが引きずり出される女性らになっています。
 文章は一人称なのですが、読んでいく内に視点人物の表出されない感情ががんがん積み重なっていきます。例えば友達が作れない焦りと作れないから1人の居心地の良い場所に逃げる嫌悪とか、例えば必死になっていて今はやっていない習い事を思い出す時のひりひりした苛立ちとか、例えば変化の乏しい毎日を当り前のように繰り返す感じられない息苦しさとか。明らかに言語化はされないけども、内面でつぶやかせて何気ない動きの動機を意識させることで、視点人物が得ているだろう感情とその感情の強さの圧力を強い強度で得られるように同化することが可能となる文章でした。
 良い意味で視野が狭くなるのですが、そのように見える範囲を狭くしてたまりにたまった感情の息苦しさが絶頂になりかけるところで、思い通りになりうる"願い"を思いがけない"方法"で達成できるチャンスが降ってきます。そうして日常から外れていくのですが、その距離の外し具合が絶妙でした。どの短編でも視点人物の感情をある程度精度の高いシミュレーをトさせたからこそ、思い通りの筈の思い違いさと、成される方法の突拍子のなさとが際立っていました
 そうして鬱屈が色々な意味で解放された後の凪いだ清々しさを含め、展開は非常にあざやか。必ずしもハッピーではないのですが、何とも言えぬ爽快感がある読後感でした。
 この読者の感情を巧みに操作する文章は素質でしょうし、今後もどんどん伸ばしていって欲しい所です。
 それでは個別の短編について触れていきます。

  • からくさ萌ゆる

 ライトなオタクで俗っぽい女子高生がお嬢様学校で友達を作れずぼっちになります。そして同じクラスの美少女の手を何度もスケッチしたりとフェチさを発揮し、発揮することで人に言えない秘密が増えていくという泥沼の中で、魔女に出会う――という流れ。そこで願い、とある力を与えられるのですが、ぼっちな彼女が上手く使えるはずもなく、力に振り回されるだけになります。振り回されてちょっとしたイベントを巻き起こすのですが、視点人物の感情としては上記の通りけっこう切羽詰まっているののに、実際起こっているのはコミカルだったりします。そして何気に魔女への願いのきっかけとなった裏の願いを叶えられているのですが、そうとは気づきにくく、気づいたときにはやりおるわと膝を叩きました。
 正直な話、短編としての出来はそこそこ程度なのですが、良い具合に伏線が張られていますし、今後に待つ2つの短編に向けて、魔女と願いとかなえる方法の導入としては悪くなかったです。

  • 闇に散る

 かつてバレエを習っていた主人公が文化祭のクラスの出し物でバレエをすることになり、メインを張る少女にバレエの動きを教えることになる――。
 文化祭の準備という騒々しいイベントで鬱々とした感情が育っていき、願いがかなってしまう状況になることで心の奥底からの"願い"が浮かび上がる展開は苦くて甘美でした。そして羨望とか嫉妬とか感情の質を高めたうえで、呆気なく散っていく想いの葬り方は見事。――そしてまあ、渇望から取り残された彼女らが新しい何かをつかまん事を。

  • 薄墨桜

 これまでルーチンワークで生きてきた女性の養護教諭が女生徒に告白されて日常と感情を乱される話。
 本短編集の白眉。これはもう何から何までが素晴らしくて、何から褒めれば良いのかも難しい。
 物語がうごきだすきっかけともなった「確立した習慣が崩される」ことがトリックにもなっている構造が絶妙。
 また視点人物がかつて晒された同性愛への無邪気な悪意の返答はぞくぞくきますし、そこで張った見栄に喝采を送りたい。
 それに女生徒が養護教諭を好きになったきっかけがこれまた美しい。

「……最初に気になったのは、先生の字です。初めて先生の字を見たとき、なんて筆意の見えない人なんだろうと思いました。美術の授業で皆が描いていたレタリングのようで、地にすら見えなかった。時には多かれ少なかれ何かを伝えようとする意志が宿るものなのに、まるでそれがなかった」
 一言で言って、冴木さんは再び私を見据える。
「死んだ人間の書いた字だと言われたら、多分私は信じました」
    (P293-294)

 そしてこの美しいきっかけを確固たるものにさせる女生徒の造形は完璧でした。美しい姿勢で歩いたり掲示板を見る、書道部所属の美少女。実直な言葉を話し、物静かだけど、情に深い。――俗にいうクーデレの、一つの極み。
 彼女に惚れられた女性教諭のときめきが滅茶苦茶解る、魅力あふれる少女でした。
 あとはそうですね、習慣に含まれますが、黒い下着ばかりを揃えて毎日履く美女の養護教諭はロマンかと。

 
 この短編の締めをもってこの連作の物語は終わるのですが、連作短編集としての落とし方は上手いと言えば上手いのですが、そういう大枠が吹っ飛ぶぐらいに最後に至って恋愛物としてとんでもない覚醒をしやがります。クーデレ少女の攻め込みに女子高生時代に魂の一部を残していた女子教諭は耐えられるはずもなく。ばかばかしいぐらい通じ合ってフィナーレを迎えます。女性同性年の差カップル万歳。とびっきりの爽やかさな甘々しさはお見事。


 以上。少女小説として快作でした。女性教諭×女生徒物が好きなら必読。

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