魚舟・獣舟 雑感

 上田早夕里作品は気になっていたというか、いつか読まねばならぬとkindleで買い集めてはいたのですが、今の今まで読んできませんでした。ようやく機運が高まってきて、まずは短編集から手を付けてみました。
 読んでみてまず可読性の高さに気持ち良ささえ感じました。単語・台詞と地の文や展開などが理でも情でも全てで滞るところがなく身に入ってきて、抜群のリーダビリティが生み出されていました。これが初期の作品というのですから、今後読み進める以降の作品への期待も高まるというものですが――まずはこの短編集の話から。

 収録されている短編は6編ですが、文量には偏りがあります。最後に収録されている「小鳥の墓」が5割以上を占め、前の5編はそれぞれやや短めの作品になっています。ジャンルで言うならSFよりの「魚舟・獣舟」「饗応」「ブルーグラス」「小鳥の墓」、ホラーよりの「くさびらの道」「真朱の街」に分けられるでしょうか。
 いずれも高水準ですが、気に入ったのは表題作「魚舟・獣舟」と、「真朱の街」。

 「魚舟・獣舟」は陸地の大半が水没した未来において魚と人とが双子で生まれる種族のそれぞれの行く末/末路についての物語。人と自然との壮大な時間をぎゅっと閉じ込めた神話的な匂いのする快作でした。そして安易なハッピーエンドの方向にいかない傾向はこの作品の時点で強烈で、その後の短編を見てもそこに作家性があるのかもしれません。

 私はもうそこへは戻らない。生涯を陸で過ごすだろう。
   (魚舟・獣舟(Kindleの位置No.348).)

 からの数行はザ・終末SFという感じで大好きです。また同じ世界観の「オーシャンクロニクル」に興味を強くそそられました。

 「真朱の街」は妖怪が共存するサイバネティクス再生医療の元実験都市で、片輪車にある秘密を持つ少女が攫われるホラーSF。稀にホラー短編でセンスオブワンダー的にえらいクールで格好良い切れ味を示すものに出会うのですが、この短編もそうでした。
 妖怪の能力と、少女の能力をそう出会わせて、ああいう結末を向かわせるとは驚きでした。
 何も言えていないでですが、これはもう読んでみてという感じです。この短編から<妖怪探偵・百目>シリーズになっているっぽいのでそちらも読んでいきたいですね。

 残りの短編に関して。
 「くさびらの道」は感染ホラー物のスタンダード。「饗応」は恐らく未来史物の小品の一つですが、猫SFとしてちょっと描写が好きでした。「ブルーグラス」はオチの味気なさに同じようなどうしよもないねえと笑いがこみあげてきました。「小鳥の墓」はディストピア青春小説の王道で、火星まで人類が行きながらの個人の行き場のない閉塞感が良く出ていました。


 以上。作者への導入にはぴったりの、楽しく読めた短編集でした。ここからいろんな作品に手を出していこうと思います。

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魚舟・獣舟 (光文社文庫)

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