夜、灯す 雑感

 神楽原女学園筝曲部に皇流家元の嫡女・有華が転入してきた。彼女は嘗て前身の学園で心中事件を起こして死んだ大叔母・小夜子について調べようとしていた。鈴を筆頭に筝曲部の面々は癖のある有華を受け入れ仲良くなっていくが、その彼女たちに小夜子の霊が襲い掛かる――

 という青春ホラーADV。
 日本一ソフトウェアのADVなのでかなりハードルは低めに行ったのですが、予想以上に良く出来ていました。
 
 一つは筝曲部を舞台にした青春部活物として。
 部活物は一大ジャンルであり、音楽系も切りがないぐらい多々作品があります。その中で琴はあまり一般的な題材ではない(有名なのはこの音とまれ!ぐらいでしょうか)のですが、違和感なく受け入れられました。
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 琴の演奏が上手であるとはどういう印象なのか、琴に関して天才肌はどういう人間なのか、あるいは初心者から上手くなっていくどういうパターンがあるのか、家元はどのようなしきたりを持ちどう現代化に向き合うのか、難曲をどのように部活の演奏で扱うのか、などなどそこまで長い描写ではないのですが、するすると呑み込めたのです。ニッチなジャンルを取り上げた作品では、そのニッチさに拘泥して情報を羅列されて目が滑ることが偶にあるのですが、本作はバランスが良かったと思います。

 もう一つが百合、疑似姉妹で心中に至る仲の先を描いたものとして。
 ゲームを進めるにつれ、小夜子の死を探る理由は琴と恐怖のいずれからもくるようになります。
 琴――有華が転入してきた理由の家元に生まれて琴に生きようとするも協奏が出来ない欠点、その源である孤独を小夜子はどう向き合っていたのか。
 恐怖――死して尚今現在の筝曲部を呪うのは、何故か。
 新聞など文献を紐解き、数年前からン十年前の幅広い卒業生まであたって調べていく中で、真相に辿り着いていきます。

 あれは……まるで極楽から垂れ下がるたった一本の蜘蛛の糸にしがみ付くような、そんな必死さだったのだ。

 閉塞的な学園で2年過ごして既に内面が壊れていた小夜子は、同じレベルで琴を演奏出来てひとえに慕ってくる灯音に出会っても、未来への救いにはならなかったのだ、と。
 この当時の過去の心中した2人だけではなく友人をも含めた、思いやってひとり合点してのすれ違い方は、変な言い方ですが絶妙でした。さもありなんという心の機微になっていました。
 そして今ここに生きている面々がそのどうしようもない過去にどう立ち向かうのか――どう生きてのけるのか。楽しい部活を経てきて、あるいは楽しい家族との時間を過ごしてきたからこその応えは、大団円にせよ、苦みを持つにせよ、生の賛歌として素晴らしいものでした。

 落穂ひろい。
 ・ボリュームはフルプライスとしては若干寂しいかもしれません。
 ・システムはADVの最低限といった感じ。
 ・主人公たちのキャラクタはそれぞれ大なり小なり魅力はありましたが、立ち絵のないキャラを含めた主人公たちの親や保護者などの描き様の方に惹かれました。主人公たちへの接し方や距離感が理想的であり、実に良いんですよ。とりわけ年老いた保護者が亡くなりそうになるのって辛い――という当たり前のことを真っ正面から提示されてしまったら、泣くしかありません。


 なおOHPにあるSSはどれも良かったです。特に『一年後の私達』は必読かと。


 以上。なかなかの秀作でした。

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 OHP-夜、灯す | 日本一ソフトウェア