鳥羽伏見の戦いが終結しようとした雪の日、大阪の南部藩の屋敷へかつて脱藩し新選組に属した侍が帰参を申し出た。侍の名は吉村貫一郎。生き意地汚くどこまでもあがこうとした彼はどういう男だっただろうのか――
吉村貫一郎が最後に縋った故郷の屋敷においてそこを統べる竹馬の友に武士らしく切腹せよと申し付けられてからのモノローグと、吉村貫一郎に関して南部藩の人間や新選組の同僚に尋ねた複数のインタビューを交互に語る時代小説。
曰く、剣の道に長け、読み書きが達者と文武両道であった、と。
曰く、所謂侍にあるまじく銭を只管追い求めた吝嗇であった、と。
曰く、忠義に厚く、幕末の激動の時代に侍として義かった、と。
曰く、貧乏に負けて、生まれ育った地と家族を捨てた、と。
嘗て生きた貫一郎の語り手それぞれが知る立ち位置と在り方を示す様々な逸話が語られ、また貫一郎を語ることで語り手がどのような屈託を抱えて幕末を越えて生きてきたのかが示されます。
それらの言葉は過ぎ去ったどうしようもない定めへの鎮魂であり、どうしようもなかったのかという悲鳴であり、
ともあれ、壬生屯所以来の新選組隊士は、これでみな死におった。遠からずわしがくたばれば、すべては闇よ。
それでよい。忌わしいものはすべて無に帰せばよい。闇に閉ざされればよい。
(壬生義士伝(上)(Kindleの位置No.4825-4827).)
誰もが語るに苦い思い出なのですが、
土方は明石の薄物の膝を抱え、吉村は藍の稽古着の胸をくつろげて、団扇を使っている。
二度と戻ることのない、壬生の夏だった。
(壬生義士伝(下)(Kindleの位置No.4075-4077))
それでもなお、或いはだからこそどのように生きたのかが語りを読むにつれて次第に鮮烈になっていくのでした。そして貫一郎は訪れた屋敷で死ぬのか、生きるのかという強烈な興味もまた強い推進力となり読み進めることとなります。
やがて新たなる時代に取り残された人と、礎になった人とを語り終え、ついまで明かされなかった心意気を痛切に提示して物語が締められます。
抜群に上手い、小説だったかと。
なお個人的にはやっぱり斎藤一のパートがチャンバラ的にもツンデレ的にも好きでしたね。
以上。流石、浅田次郎という逸品でした。
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