主人公は記憶をなくして森の中で眼を覚ます。森を抜けたら湖があり、そこで少女と出会った。彼女は手を伸ばしながら、告げる。
いらっしゃい、私たちの楽園へようこそ。
そして深い森に建てられた洋館で同じように記憶をなくした少年少女たちとの共同生活が始まる――
という感じの冒頭。以降、集った少年少女の共通点、屋敷暮らしのルール、屋敷の見取り図などがテンポ良く語られます。
――全員記憶を失い、ここにいる。
――21時-翌7時まで部屋から出てはいけない。
――キッチンに入っていい人間は限られている。
――中庭の鍵を持つ人間は限られている。
――森の外には、決して出られない。
全てが出揃ったところで、屋敷内での幸せな生活が繰り広げられることになります。好きなように勉強でき、好きなように運動でき、好きなように音楽が出来る時間。子供たちや同年代との騒がしいながら育んでいく心の交流。
穏やかであり、最初に述べられたように、『楽園』のような生活でした。――失った記憶が奔出し、それ故に楽園のルールの基盤に気づくまで。そしてだからこそ、本当にルールが効力を発揮するようになります。
全員記憶を失っている――元いた世界のことを語らない。
21時-翌7時まで部屋から出ない――出た人は存在しない。
そんな、生存を意味する冷酷なルールに。
ルールが意味を無し、ようやく物語は枠がはっきりします。進んでいくごとに出る選択枝は重みを得ます。主人公は常にどう生きるかを選択します。自分が住もうとする世界から脱落しないように。
紡「櫂はね、良い人にも悪い人にも、なんでもなれる素質がある気がするの。」
そういう素質に則り、心を生きたい法へと合わせていきます。本当に彼が選ぶように、彼はなっていきます。なお、主人公の素質を言い表した言葉はこう続くのです。
紡「だから、この屋敷で大量殺人事件が起こったら、多分犯人は櫂だねっ」
ここで問題となるのは、屋敷の住人のことで。彼らは主人公とは異なり、既にどう生きるのか決めているのです。そして生きたいように屋敷で生きています。彼らの選択が衝突せざるをえない場合にどうなるのか――それがこの物語で起こるイベントです。
つまるところ主人公の選択により生存競争が巻き起こります。『楽園』に適応するなら、適応できない者が敵対し、適応できないなら適応する者が敵対し、目的のままに敵対した者に殺されますし、必要なら殺します。もちろん、主人公の目論見が幸いなことに幸せな結末を迎えることもあります。そうして、数々のHappy end、end、Bad endを潜り抜け、目的が潰えていくのと達成されていくのをみて、ループしてしまうありえぬ幻を見て、お話はついには社会/世界の成り立ちへのプリミティブな問題へと突き当たります。
小さな共同体上で共有する幸せとは何か。
法が無い小さな共同体で罪はあるのか。
それはどこかしら世界の寓話めいて。群像劇として一つの極上の収束点らしい境地へと至ります。
そこまで至るのが素晴らしいので、そこから先はあまり大事ではないっちゃあ、ないので思ったことは割愛します。
そんなこんなで、全体を見渡す意味がある芳醇な物語でした。ヒロインの魅力が弱いとか、裏設定が甘すぎとか、狂気とか天賦の才能の描写が全然だめだったりなミクロの欠点は結構あるのですが、大目に見たくなるぐらいにはストーリーテングの手腕は見事の一言。
絵・エロ・音楽は普通かと。
以上。成功した実験作と評価したいところ。お薦めです。
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