以前プレイして名作と受け止めた作品をリプレイしよう企画、その2。その1はさくらむすび。
備忘録なのであまり長々とした文章は書かないつもりです。
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夏、平凡な学生・遥彼方は抗癌剤治療を受けてようやく春までしか生きられないと宣告される。
抗癌剤の副作用で苦しむ冬、彼方は美しい金色の吸血鬼と廻り合う――
在りたいように在る、ということはとても難しい。
忘れえぬ一文から始まる本作は胸がかきむしられるような痛みに満ちていました。
平凡に生きて老いて死ぬのだという想像さえしたことがない青年が突如として、先が見えている闘病生活に突入した。
両親は既に亡く、身よりはない。
かけがえのない親友はいるものの、最愛の幼馴染の少女は諦めるしかない。
それでもただ遥彼方という形を持って、これまであった普通の生を最後まで全うしようと務める。
最期まで――その筈でした。
僕はこんな事では壊れない。そんな安い作りではない。僕が真に怖れるものは、苦しみそのものではない。
「考えた事なんて無かったよ。どう生きるべきか、なんてさ」
僕は自分が手放そうとしているものが大切だということに今ごろ気付いたのだ。いつも何気なく見ていた空。昔は大切なものだと感じた事などなかった。だけどそれは、もう数えられるぐらいにしか見ることは出来ないのだ。
怖れるな、怖れるな。
自分に何度も言い聞かせる。
普通に暮らしているからといって、恐ろしくない訳ではない。時折こうして思い出し、身動きが取れなくなる。
怖れるな、怖れるな、怖れるな。
幾度か繰り返す。しかし簡単に収まりはしない。
誰か、助けてくれ。
そう叫んだ暴れ出したくなる。しかし、そういう訳にはいかないのだ。
・・・笑えよ、彼方。遥彼方はそうして生きてきたのだ。
僕はもう一度気合いを入れる。
よし。
震えは止まっていた。どうやらもう大丈夫のようだ。
否認から受容の、直線ではない思考の揺れ動き。
ただ一人悶絶しながら、粛々と灰と土塊に還る終わりに向けて進んでいってしまう――筈でした。
恐らくは幸いなことに、ひょんな出会いによって、彼方の短い終わりへの道行はちょっとだけずれることになります。
――世界をぐるっと回ってきて、彼方に会いに来た、永遠を生きる美しい吸血鬼。
や、このへんに初回震えたのですよ。
『吸血鬼が抗癌剤に満ちた血を吸い、衰弱する』というめったに見たことがない秀逸な物語の転がり始めの凝り方と、全体を通し『永遠と刹那の近似』によって歌われることになる『いまここ』への賛歌という物語そのものに。
2度目のリプレイでもその出だしは見事と思いましたし、転がし方も唸りました。ただ以前より死に向かう人を描いた描写への共感を覚えた次第です。
それでは各ヒロイン毎に簡単にコメントをば。
- いずみ
がんセンターの看護師。
見送る、祈り手。
或いは、残していく人の、呪いにも似た、エール。
「それにね、いずみちゃん」
「・・・・なぁに?」
「僕の時も、こうやって泣いてくれるんでしょ?」
残していく人が、生きていきこれから何度も見送る人に向けておくるには、重すぎるこの台詞。
悲しませる人が少ない方が良いし、自分が愛した人達が幸せになることをことほぎたい。でも、僕が居たことを憶えていて欲しい――その想いの最後の発露。
ただ我慢してきて、在りたいように在った彼方がそう言うことがようやく出来た存在に会えたことは多分間違いなく幸せに分類できるもので。
寄り添われた看護師はそれを重荷に感じようと、彼らの苦しんで出した答えがそうで、その職業であることを誇りにするのであれば、彼らが彼らなりの幸せに踏み込んだのはよろこばしいと心から評価するに違いなく。
恐らく、いずみちゃんは初期には折に触れて、そして時が経つにつれて極時たま記憶の棚から引っ張りだすことになるでしょう。そうやって、彼女が自分の人生の役目を終えるまで、一生彼方のことを憶えているでしょう。
そう、想像できることの、なんと幸せなことか。
- 九重
怪異と、闇の殺し手。
そう在ることに疑問を持っていなかった冷徹な少女。
しかし偶々すれ違い、死に対面して気まぐれを起こしたかった彼方が手を差し伸べてしまいます。
そこで九重は冷徹な殺し屋として壊れ、感情ある人として再誕しないといけなくなってしまいました。これまでの所業の恐ろしさへの心からの苦痛と、これからは克服した上で、心が通い合える存在が居た/居るという幸せを追いかけなければならなくなったのです。
言うてしまえば、余計なお節介です。九重は彼方に会う前までの姿でも折り合いをつけて生きていけるはずでした。
でも、袖振り合うも他生の縁。
今この瞬間に人生を生きる者同士が出会い、偶然に心を救い合ったという何気ない奇跡は尊いものでした。
二人で踊る。
ただそれだけの夜だ。何か特に意味があるわけでもなく、ただ時間が流れ、終わり、そして彼女は去っていくだろう。だからこそ今だけを見て、笑おうと思うのだ。
今に笑えるようになったという救いは――連続する今である未来においても有効に違いなく。
- 佐倉
幼馴染。かけがえのない存在。
彼女との話は若干辛すぎて、心がねじ切れんばかりでした。
僕は遥彼方として生きてきた歳月を、何ひとつ捨てる事が出来なかったのだ。やりとげると決めた事を投げだす事が出来なかった。
何故そうまでするのか――という答えが本当に悲しかった。
そりゃあそうしちゃうだろう――という非道の妥当性が悲しかった。
ヒロインは主体的に動いた。
主人公ももっと主体的に動いた。
結果として全く穏当な、計画された結末を迎えます。
その結末を、主人公の想いを許せぬのであれば、ヒロインこそが培ってきた絆も想いもぶち壊しにするしかありませんでした。
それは寄り添うのでもなく、すれ違うのでもなく。どう生きるかを迫られずにして、遥彼方のために生きると決断してしまった、佐倉でしかできない行為です。
最後まで共にあろうという誓いの達成――その先は語られません。
ひょっとしたら壊れるかもしれない?
いやあ、きっとそんなことはないでしょう。
- クリス
いずみ・九重・佐倉の各ルートでは実のところエンディングでとどの詰まり、彼方の死までは到達しません。その一歩手前で閉幕を迎えます。
想像するだに、それらのルートはどう生きるのかの苦難の話なので、それが決まってしまえば、どう終わったのかは、まあどうでもいいっちゃあどうでもいいです。
ただ吸血鬼たるクリスの話においてそれをないがしろにする訳にはいきません。
これまでルートを重ねてきて、クリスは選ばれなかった場合には、人間として当たり前のように死んでいく彼方に背を向けることになります。その際、彼が心から満足してより短い生を生きていくことをそれなりに喜んではいたのでしょう。
しかしクリスを選んだ場合には、永遠を選ぶかどうかの選択肢を提示することになります。
普通には滅多に訪れない短い生を余儀なくされた遥彼方が、より普通に暮らしていたら訪れない永遠の生を生きられるという選択肢。
その選択肢を前にした時に、遥彼方の最後の本質が露わになります。
これまでの苦悩を知っている。――死への恐怖。
これまでの苦悩を知っている。――縁の喪失への恐怖。
その上で、どう選び、どう終わっていくのか、目を離すことは許されないかと。
- まとめ
バトルが雑だったり、エロシーンの導入が待てよお前と言いたくなるぐらい唐突だったりしますが、まあいいかなと。
あとそもそもいまだともう少し副作用対策がしっかりしているとか、ホスピスになるんじゃないかしらんとか、思うところがあったりなかったりしますが、大きな疵ではないかと。
以上。久々のリプレイですが、最初のプレイとはまた違う捉え方で泣けました。5年・10年後とかにもう一度のリプレイがあるかどうかは判りませんが、この傑作に2回違う出会え方を出来て良かったです。
- Link
OHP-こなたよりかなたまで