地球・精神分析記録 雑感

 SFに入ったのはヴェルヌからで、凄いジャンルと感じたのはホーガンから。
 でもSFって格好良いんだと思うようになったのは、日本では山田正紀作品、海外ではコードウェイナー・スミス作品に出会った時のこと。痺れるような格好良い文章で、唯一無二の世界を巧妙に構築していく手捌きに魅了されたのです。


 本作も間違いなくその部類――格好良いSF――に入ります。
 感情の名を冠された4体のロボットを倒しにいく4人の特異者の道行を書いた連作短編集で、4人の特異者は哲学的ゾンビー、ただのスパイ、ギリシャ神話に囚われた記憶喪失者、犯罪の予防を司る連想分析刑事。彼らは人類の心の外に設けられた神話の形を追体験をさせられていきます。それは似たような事柄、似たような関係性が繰り返される類型で、ありきたりな苦難と悲劇と理不尽に満ちています。
 ああ、それを彩る筆致のなんと素晴らしいことか。

 が、いまや現代人は自我を失った。われわれには自我の影が残されただけなのだ。必然的に神話をも失うことになった。いや、人類の内なる神話は失われはしたが、この世界そのものが神話にと変貌したのだ。
 現在、世界には四体の神話ロボットが存在する。彼らはそれぞれにこう名づけられている。『悲哀』『狂気』『愛』『憎悪』……
    (地球・精神分析記録-エルド・アナリュシス-(徳間デュアル文庫)(Kindleの位置No.375-379)) 

「あなたが獅子の顔を持っていなさるなら、『憎悪』と戦う資格がおありなわけだ」
 ふいに老人の一人が英語で言った。最初に声をかけてきたのも、どうやらその老人だったらしい。
「我々が『憎悪』を呼びましょう」
 五人の老人たちは一斉に踵を返した。一列になって、黙然と岩山に向かって歩いていった。
    (地球・精神分析記録-エルド・アナリュシス-(徳間デュアル文庫)(Kindleの位置No.1219-1223))


 ただでさえ冴えわたる文章の上に、箍の外れた脳髄の剥き出しの妄想が垂れ流しになるような一人称が上手過ぎます。
 自我が融解していていつの間にか狂っていたと気付く、その上気づいたことそのものが狂気の沙汰のいまその瞬間――そういう精神の崩壊を書かせると右に出る者はちょっといないのではないのでしょうか。
 本作は連作短編集であるからこそ、何度も、何度も、いまここが信じられないと繰り返されることで、リセットされずに一貫して読んでいる読者は余計に揺さぶられることになります。
 その認識の揺らぎの果てになにが起こるのか――。小説全体の仕掛けが登場人物と読者に同時に作用して、訪れる終幕。
 いやはや見事な一作でした。


 以上。やっぱり好きな作家の好きな作品でした。

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