夢枕獏による冒険小説の大作。
平賀源内を主人公とし、竜の掌が残された寺の暗号を解読し、黄金に満ちた島・ニライカナイを求めて琉球に赴き、熱帯の島で二つの民族の戦争に巻き込まれ、恐竜が江戸の街を蹂躙する――
――そんな途方もない空想を剛腕で見事に築き上げています。
それが面白くない筈がなく。
ここは暗号と謎めいた図、ここは瞼が切り取られた人間、ここは上田秋成に手を借り、ここはオランダ人との丁々発止、さあ次はどうなるか――とどんどんと物語が滞る所がなくあれよあれよとテンポよく進んでいくため、読んでいてわくわくが止まりませんでした。これぞ冒険小説という堂々たる話ぶりでした。
そして江戸時代であるからこそ息づく戦国時代の神秘と近代化による忘却が冒険心への絶妙なエッセンスでした。戦国時代の対立は薄れてはいるもののまだリアルで、琉球は半海外で不可思議な場所でしたし、竜はいないという常識が根付いてはいるものの居てもおかしくはない雰囲気であり、にもかかわらず殺人や不手際は法律によって裁かれなければならない時代。その時代設定とならではの風土を巧みに取り上げているなと。
それに何よりも平賀源内と恐竜という組み合わせが、あまりにも嵌まり過ぎていました。
源内は、確かに才能を過剰に有した人間であったが、その才能以上に過剰な何ものかをその身の裡に持っていたとしか思えない。
(『大江戸恐竜伝 2巻』)
「なあ、伊奈吉よう。俺らあ、これまで何ひとつ、まっとうにやりとげた仕事がねえ。失敗とはったりばかりで、世の中を渡ってきた。気がついたら、もう、じきに五十だ。こいつばっかりは、しくじるわけにゃあいかねえんだよ……」
(『大江戸恐竜伝 4巻』)
多才だが、夢見たことを達成するには技術と理解が足りなかい、生まれる時代を間違えた空想家。
時代にそぐわないという実感の根底に流れるのは間違っていないという自負と、マグマのような燃え盛る暴力性でした。
それはさながらに、繁栄の時代は遥か遠く最早滅びの運命で在りつつも、生存本能と生きる者を殺して喰うだけは変わらない恐竜の在り方のようで。
繁栄の時代から遠く離れて文明の中で猛る恐竜を前にした源内の暴力的なシンパシーの抒情性は実に豊饒に胸に響きました。冒険小説の果ての、この感情のシンクロを味わうことで本書の読書体験は完成するかと。
いやあ、それにしても。
――恐竜が江戸の街で猛る。
その絵の、なんと美しいことか。
この絵を味わえただけでも本書を読んで良かったですね。
以上。傑作でした。
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