第6回芳ヶ江国際ピアノコンクールの予選から本選までを書いた音楽小説。
最初から最後まで、音楽家と音楽の描写に奉仕されます。
結局、誰もが「あの瞬間」を求めている。いったん「あの瞬間」を味わってしまったら、その歓びから逃れることはできない。それほどに、「あの瞬間」には完璧な、至高体験と呼ぶしかないような快楽があるのだ。
(上巻、No.173)
見事な演奏を成し遂げる奏者と、聞き惚れ喝采する聴衆――とても幸せな、ことばを必要としないフィールド。
小説では困難な在り方を手を変え品を変えて形容し、なんとか言葉で届けようとし、かなりのレベルで達成されていました。偶にぅちゅぅすごぃ――と頭を過ぎりますが、全体的には良質な音が鳴り響いていたと思います。
そしてコンクールということで、どんなに素晴らしい音楽にも優劣がつけられます。
天性の才能、類稀なる個性、積み重ねてきた努力。
ひととひと、音と音との競い合いにはひりつく緊張感が漂います。そして音の描写の巧みさによって読者からは優劣がつきにくいことで、どのキャラクタが突破するのか予測がつきにくいのもよりどきどきする緊迫感が高められていました。
キャラクタが奏でる音楽が素晴らしく、そのキャラクタにも愛情を湧く描写をされ、誰もが幸せな結末に辿り着いてくれと願い、そしてそのキャラクタ自身もコンクールの勝利を願い――少人数を除いて敗れていく。
競技物としても極めて良質かと。
音楽の美しさの上に成り立つコンクールの競技性を存分に楽しんだ後、優劣の先にあるもの/大前提に戻るのがまた素晴らしい。
――音楽を創ること。
彼らは、そうして生きていく。これまでも、これからも。
読んでていて、こんなものを味わえるとはなんて贅沢な時間の使い方だと幸せになりました。
以上。良質な小説でした。恩田陸作品の中ではトップクラスに好きな作品です。
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