かつて大量殺人を犯し記憶を消去された警備ユニットは保険会社に命じられて今日もまた顧客の護衛をしていた。惑星資源の調査隊を正体不明の敵の襲撃から守れるのか――
という出だしのSF小説。
警備ユニットを主人公とした連作中短編型式で、警備ユニットが護衛でついていった先で様々な事件に巻き込まれる顛末が書かれています。
米国ではばらばらに出版されたようですが、本巻ではキリが良い所まで読める4作まとめて収録されています。
さて、本シリーズは娯楽SFとしてとにかく出来が良いんですよ。
主人公の警備ユニットは自らを縛る統合モジュールをハッキングして自立したロボットという稀に見る立場を密かに手にしているのですが、そんなことを仕出かす性格付けが非常にユニークで読んでいてどんどんと好きになっていきました。
連続ドラマや映画が大の大好物で折を見ては鑑賞するマニアで、人間の愚かさをぼやき、警備ユニットの在り方を嘆く――けれど人間を結構好きで、人間を守るのもやぶさかではなくて、任務には忠実。
そんな癖だらけの警備ユニットに自らを"弊機"と呼称させてしゃべくり続けさせる翻訳の発想を持って本作は何段階も面白さの階層が跳ね上がった次第かと。
ようは強化人間のふりをして人間と接触しろということです。もちろん形態変更はそのためですが、事前に想定していたのは遠くから顔をあわせたり、混雑した中継リングですれちがうときのことでした。接触するとは、会って話せということです。目を見て話せと。考えただけで運用信頼性が低下してきました。
〈簡単よ。本船が支援する〉
なるほど。巨大な船のボットの支援を受けて、構成機体の警備ユニットが人間のふりをするわけです。前途洋々です。
(マーサ・ウェルズ.マーダーボット・ダイアリー 上(創元SF文庫)(pp.182-183))
そろいもそろって不愉快で不適格な人間たちでした。それでも殺したいとは思いませんでした。少しは思ったかもしれませんが少しだけです。
(マーサ・ウェルズ.マーダーボット・ダイアリー 下(創元SF文庫)(pp.12-13))
新しく入手した連続ドラマの冒頭をいくつか観たあと、よさそうなシリーズの第一話を観はじめました。魔法やしゃべる武器というありえないものが登場する異世界物です(弊機自身がしゃべる武器なので人間の反応がよくわかります)。
(マーサ・ウェルズ.マーダーボット・ダイアリー 下(創元SF文庫)(p.26))
警備ユニットがこれまたユニークなAIを積んだ船やセックスボットと出会って仲良くなって別れる反応がまたキュートであり、語り口が上手いからこそその語りと反応が次に何がくるのか楽しみで、読んでいてわくわくしっぱなしでした。
SFとしてもハッキングとドローンを駆使した作戦や戦闘は未来を舞台にしたミリタリー物としてかなりの水準でした。
以上。前評判が高かったのでどきどきしていましたが、評判通り面白かったです。そもそものクオリティが高いうえに、翻訳が素晴らしいのは非原語民として望みうる最高の幸せですね。2巻と3巻も買ってあるので期待して読んでいきましょう。
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