零號琴 上・下 雑感

 惑星・美縟の首都では開府500年を祝う祭りで首都全住民が假面をつけて催される假面劇の準備が進んでいた。假面劇に合わせて惑星の大地から作られる巨大な楽器・美玉鐘を用いて国を啓いた曲<零號琴>を鳴らす計画に特種楽器技芸士のトロムボノクは巻き込まれていく――

 飛浩隆氏によるSF長編小説。
 研ぎ澄まされた文章による美しくおぞましい短編の数々を生み出してきた当代きっての名手がこれぞ娯楽小説だと投げつけてくる、なんというか困った快作でした。

 人類の希釈を繋ぎ留めていたのは――オタクのイメージと言わんばかりに、いやむしろ堂々と言ってのけて物語り続けられます。

 武装した仙女が戦う大人気プログラム『あしたもフリギア!』! 肉瘤のような鼻を持つ假面打ち・峨鵬丸!! 巨大ロボや怪獣!! 

 ?なんだろうこれは?と首をひねりながらも、作者ならではのイメージで描写されるオタク要素満載の語りを大いに楽しんだ次第です。

「銘は──〈旋妓婀〉」
 そのことばを聞きながら、假面を目の上に押しつけると、しなやかに、革のリボンが巻き付くような感触があって、ひとりでに装着が完成する。
 旋妓婀の役柄がシェリュバンの内部で急速に立ちあがる。少年の四肢は、鼓動は、瞳孔と発汗は、劇の中に差し招かれていく。
  (飛浩隆.零號琴 下(ハヤカワ文庫JA)(p.53))

 や、飛さんによるショタ(しかも高齢ショタ)の女装変身シーンとかそうそう見られるものではないでしょう――きっと。


 以上、最後まで娯楽に徹した快作でした。これはこれで文章の作りこみが大変そうなのでそこまで量産は出来ないでしょうが、こういう芸風の作品もいくつか読んでみたいものです。

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