よろこびの歌 雑感

 御木元玲は声楽のため音大付属高校を受験したが不合格となった。不本意ながら明泉女子高等学校普通科に入学してぼんやりした日常を1年以上続けていたが、2年生秋に合唱コンクールで指揮者に選ばれてからなにかが変わっていく――

 合唱イベントと御木元玲の再起とを6人の女子高生の視点から書いています。
 非常に良質な青春小説でした。

 挫折で希望もやる気も音楽も一度は失った少女がふとしたことで原点に触れ、歌を取り戻す。そしてその復活の瞬間に触れた少女たちのちょっとした変化。例えば同様に挫折してからの折り合いだったり、新しく音楽に触れていく意思だったり――そこまで劇的ではないけれども、それは誰しもに訪れて欲しい人生が輝きを増す瞬間でした。

 これは、まぎれもなく彼女たちの歌、そして私たちの歌だ。
  (よろこびの歌(Kindleの位置No.395)..Kindle版)

 作品全体を覆う生の瑞々しさとその発露が歌と歌う行為とに託され、女子高生らの緩い繋がりによって確かに広がっていくのを読むのは心地良い爽快感がありました。

 また作中内でも素晴らしいものに出会った喜びが伝わってくるのも、優れた作品を読む行為と同期していました。
 ――御木元玲の歌。
 直接的には卓越した音楽を知らなかった同級生には目の前で響く歌は強い衝撃を与えるものでした。そこは音楽のプロの視点・評価はあえて外されて、いまその場でどう思われるかに終始されます。だって結局のところ御木元玲に歌を再びもたらせたのは彼女たちの成果で、だから共に歌おうという返歌に今度は応えられる相互の喜びに水を差すのは勿体なかったんじゃないかなと思います。
 御木元玲の歌が外から評価されるのはきっとこれからで、また別の物語になるのでしょう。

 個人的に好きだった関係は、御木元玲と彼女に憧れた原千夏。
 原千夏が御木元玲を指揮者に推したことから全てが始まりましたし、原千夏が御木元玲に向かって歌を歌ったことから良きことが起き始めました。
 そうして御木元玲は千夏に歌って欲しいと告げた後に、こうやり取りします。

「あの歌を聴いて、震えたんだ。これが歌の原点だと思った。そうして私は──」
「──私は?」
「ううん、なんでもない」
 と御木元さんは小さく首を振り、階段の三段くらい上を上っていく。前を見たまま、やわらかな声で話す。
「ピアノも続けたらいいよ。ピアノも、歌も、原さんが音楽を続けていってくれたら──」
 彼女はそこでまた言葉を切り、いちばんふさわしい言葉を探すかのようにかすかに首を傾けた。固唾を呑んで続きを待つ私を振り返り、ちょっと照れたみたいに笑った。
   (よろこびの歌(Kindleの位置No.786-793)..Kindle版)

 そこから零れ落ちた言葉の馥郁たるや。
 良い百合を見させていただきました。


 以上。好みにあった小説でした。

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宮下 奈都
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