魔法少女リリカルなのは MOVIE 1st THE COMICS 1 感想

 帯に“オリジナルストーリーでコミカライズ”と書かれているように、劇場版をそのままの形で漫画化した訳ではありません。漫画家の嗜好に沿ってなのでしょうが、エピソードの再構築と追加と省略がなされています。
 それが矢鱈と作品に嵌っていました。無茶苦茶格好良く、何より面白かったです。


 まず物語るにあたって多用されたのは報告という形式です。時空管理局次元航行部保管公式記録だったり、“彼女”の日記だったり、人物の心境だったり、殆どが既に起こり記録された事象を改めて語り直されます。
 アニメ本編→映画→コミックと三度目/或いは他の漫画も入れれば何度目か判らない“魔法少女たちの始まりの事件”の結末は判りきっています。しかし報告という形を取ることで、事件が確定した未来へのと向かっていくことへの恐れと希望が作品内で生まれていて、そのベースに乗ることで、彼女たちがそこに駆けていく姿を見るのに今までとは違う心象が生じているように感じました。


 それに映画に追加されたエピソードが未来を作る大事な要素となっていました。
 例えば、なのはの屈託――幸せに暮らして悩む心。彼女たちの友人は親友の悩みに気づいていて、どうしようか語り合い、友人としての答えを出します。或いはなのはの咆哮、しかも海に向かって。
 若しくは――なのはの才能の発露。友人たちは、なのはの未来を決定したギフトの未熟な姿を目撃します。そしてなのは自身も自身の才能に気付くのはもう少し先であると、矢張り報告調で断定されます。その時間軸は、

 彼女のもうひとつの才能(本文傍点)が
 花開いた後
 生涯に渡って彼女が愛し
 飛び続けることになる
 「空」に上がるように
 なってからのこと

 それらのあまりにもストレート過ぎてギャグにしかならない絵面が、どうしようもなく格好良かったです。
 また別の側面――運命/フェイトについても追加されていました。フェイトを育てた“彼女”の報告/心境により、“天性の速度”が磨かれる過程と、彼女の相棒――狼と杖について少しだけ詳細に語られていました。


 以上の描写によって生まれた、空を翔けるフェイトと、空を征くなのは――という対比。
 運命/才能が完成する過程と、なのは/才能が完成しうる可能性をほのめかして、全ては戦闘で華開こうとします。
 その流れはもう完璧で、最高でした。
 そして1巻で費やされた戦闘時間は3分。次の巻で彼女たちの戦闘/知り合う過程が存分と描かれることでしょう。実に楽しみです。


 以上。素晴らしいコミカライズでした。

  • おまけ

 ゲーマーズで購入した所、オリジナルカバーとプロマイドが付いてきました。購入されるならゲーマーズがお得かもしれません。
 

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 参考-ゲーマーズ 特典情報2010年6月