ゲームの王国 上・下 感想

 クメール・ルージュによる革命が起ころうとするカンボジアで2人の少年少女が出会う。潔癖症で水浴びを繰り返すことからムイタックと名づけられた少年、彼は物事のルールを突き詰めて考え把握する性質であり、村でゲームや遊びで負けたことがなかった。革命組織に属する教師サロト・サルの隠し子とされる少女・ソリヤは他人の嘘を見抜くことが出来た。ルールを作るムイタックと嘘を見抜くソリヤが初めて出会い、カードゲームをした日に革命が起こる――

 上下巻構成のSF小説
 ただし上巻だけ見ればSFらしさは感じとりにくいです。
 上巻はひたすらに、カンボジアで腐った王政に対して革命を起き、新たな指導者となったサロト・サル/ポル・ポトによる方針によって国民が粛清されていくのを描写する歴史小説の態をなしています。それは周知の如く酸鼻な歴史です。革命前には無辜の民が秘密警察官による拷問で作られた根拠のない密告で訴えられ拷問によって殺され、秘密警察官にもぐりこんだスパイを筆頭にクメール・ルージュのメンバーも摘発されて殺される。革命後には指導部に目につけられた者、知識人、強制された密告で訴えられた民がクメール・ルージュのメンバーによって殺される。
 たまに泥を食いまくって泥の声を聴き操れるようになった男とか、神のお告げを聴く美声のシンガーソングライターとか、輪ゴム教にはまった少年とか、綱引きが至高の僧侶とか、トンチキな面々が出てきますが、基本的には架空の登場人物の三人称の目を通した陰鬱な歴史、凄惨な出来事の記述になっています。

 この受け入れられない現実に立ち向かうにあたって、少年はルールを、少女は正誤を胸に抱きます。
 少年・ムイタック。ルールを重んじる少年はそもそものルールの通らない現実に適合しにくく、革命をルールの押し付けだと忌避します。だから現実のルールをさらに追及し、人間がルールに則って皆が幸せに行動することが出来ないかとゲームを通して考え始めます。
 正しさを見抜く少女ソリヤは革命が起こったカンボジアの進む方向が正しいかどうかを判断しようとします。正しくなければ、彼女自身が正しく現実を変えようとしていきます。
 革命の日に偶々出会った彼らはムイタックが初めて作成したオリジナルのカードゲームで勝負をし、それが未来を強く示唆します。オリジナルのカードゲーム【カンボジア】はカードの組み合わせによって政治の仕組みを編成し、その強弱によって勝負するものです。手持ちのカードでどのように編成し、敵対するプレイヤの目指す政治を推測してどう対抗するかがミソのゲームであり、当然その時現在の政治への関わり方や考え方を直喩します。そして彼らは最後の対戦で、決定的な姿勢の差を見せることになるのです。
 最後――幼年期の他愛のないゲームは初めての出会いの時が終わりの日でした。ひょっとしたら最初から手を組めば歴史を変えたかもしれない彼らは大事にするものが違い、目指す方向が異なることから必然に離れていき、ある悲劇によって決定的に反目することになってしまいます。
 少女は正しい未来を作るために、大事なものも全てを振り切って大人になっていく。
 そして少年は――その少女を生涯の敵へと、定めます。
 
 2人の人間が相対する複雑なフィールドーーゲームの舞台の支度はこれで整うのですが、このために1巻を使い、また上下巻で区切ったのは上手いなあと思います。ここまでが歴史で、次から未来が始まるというメリハリが生まれていました。

 そう、未来。
 先を大いにいくソリヤを忸怩たる思いで見上げていたのですが、長じてムイタックはとうとう一つの武器を得ます。
 脳波P120。彼がそれを持って、望んでいたゲームを組み立てていきます。ルールが正しく適応され、ルールに沿ってプレイした人の誰もが幸福となり、そしてソリヤを打ち落とす弾丸になるような。
 
 ここで小説の最後の変数の一つとして正確性がぶちこまれるのが、本当に小説の格を押し上げていました。
 ルールに沿ったゲーム、正誤の判断が最後まできちんと遂行されても、人工的な楽しい小説になっていたと予測します。これぞSFという、テクノロジが善く現実を変えるような、そんな幸せな小説に。
 ただ記述と、記憶とが正確なのか、と問われた時、その結末は否定されてしまうのです。
 記述――今ここに書かれている文章は妄想だけなのか、現実で起きていることなのか。
 記憶――登場人物の振る舞いは正しい情報と認識に基づいているのか。
 いずれにも誤謬と誤解とがあり、ここでランダム性が生まれます。
 それまでも首を捻る齟齬が生まれていたのですが、クライマックス付近になり輪ゴム教の村長が言い出した過去話で人工的なルールを犯すグロテスクなルール――ある種の現実性――が露わになり膝を思いっきり打ちました。誤った入力は誤った出力しか生まないのですが、しかし誤っていると判断することはその世界で今生きている人物には出来ない限界があり、その限界を書き切った時に小説世界の強度は永遠に確かなものになったのです。
 
 でも。
 少年と少女の一期一会とかつて夢見た未来が叶うというロマンもまた、綴られる。
 言うことなしの締めでした。

 以上。良い小説でした。

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