アイネクライネナハトムジーク 雑感

 伊坂幸太郎による連作短編集。後書きで作者本人が率直に語っているのですが、珍しいぐらいに殺伐とした奇妙な要素が取り上げられず恋愛色が表に出ていました。
 いずれの短編も、男女のそれぞれの出会いがメインとなっています。

「じゃあ、おまえの言う理想の出会い方を言ってみろよ、佐藤」
「見下し目線だなあ」と僕は苦々しく顔を歪めるほかないが、とりあえず、「まあ、どうせなら、劇的なのがいいね」と言った。若干、照れもした。
「出た」織田一真がさっそく言う。「出たよ、劇的な出会い。出ました、劇的な瞬間」
  (Kindleの位置 No.237-239)

 劇的なものがない、何気なく袖振り合った縁。
 ――街頭アンケート。
 ――美容院の客の弟からの間違い電話。
 ――5年ごとに自動車教習所で会う女性。
 ――自転車泥棒を探す助けを女子から頼まれる男子高校生。
 縦の時間軸で全く関係がないようにみえる日本人のヘビー級ボクサーの世界戦挑戦をおき、合縁の細い糸があれよあれよと繋がっていきます。
 そして思わぬ出会いを経て共有する未来を作っていった全ての登場人物が、また思わぬ出会いを得る、最後の短編『ナハムトジーク』。
 ドミノ倒しのような長編を書かせれば右に出る者がいない第一人者ならではの、これぞという手付きでした。
 さらっと流されるところにも伏線や回収を張り巡らされながら、鼻につく作為を感じさせませんでしたし、軽快な台詞回しも良い方向に働き、最後まで爽快な小説だったかと。

 ただファンとしては微妙なところで。
 伊坂幸太郎作品の中では一番取っつきやすく導入としてはうってつけかもしれませんが、ただ最初に読んで良いと聞かれるとといやどうなんだろう・・・もうちょっと暗い面を出しているところから入って欲しいかなと言いたくなる、奇妙な1作でした。


 以上。良い小説でした。

  • Link

 


 <同作者の過去作感想>
  砂漠 雑感