冬にそむく 雑感

 世界中が寒冷化し「冬」が到来していた。11月にして雪に覆われた神奈川で、少年と少女は出会う――

 偏愛する作家のひとり、石川博品の新作長編。
 個人的にこの作者のもっとも好きな部分として、環境の描写が巧みで読んで浮かび上がるイメージが豊かな点があります。
 本作もご多分に漏れず、冒頭から作品世界が見事に立ち上がっていました。
 箍の外れた冬のため雪に覆われる日本の街、いるはずのいない鹿が海辺に立つ――という風景。

 杜野海水浴場が見えてきた。一面雪に覆われているせいで、その広さ、なだらかさが強調されている。端の方にある堤防はお気に入りの釣りスポットだが、いまは海の暗さに紛れて見えない。
 浜辺に奇妙な影をみとめて幸久は足を止めた。街灯の光が雪に照り返し、四本の細い脚を闇に浮かびあがらせた。角が根元からひろがり、枝分かれして、先端は暗い空を突く。
 (石川博品.冬にそむく(ガガガ文庫)(pp.19-20))

 雪や鹿・街の描写と言った単体で取り出せば非現実的ではないものを重ねて現実的な幻想を立ち上がらせて、少年が足元を見ながら歩く顔を見せない姿と最早いない鹿の足跡が記された絵と共にタイトルコールが来る。
 ――もうね、ここで大好きだ、これとわかって、心して淫して読みすすめるわけですよ。

 そして平凡な少年と美少女が雪かきして出会い、恋人同士になっていく、青春の高揚が訪れます。
 「冬」のせいでリモートが多くて不自由しようともそれでも彼と彼女は出会って、確かに楽しそうなのです。
彼女の家で炬燵に入りながら同じリモート授業を聴いてちょっといたずらしたりして、冬の海にヒラメを目指して釣りに行ってボウズであったり、いま一緒にいて笑いあえています。
 ただ次第に「冬」が訪れている閉塞感が重くなっていき、それぞれが一緒に生きていく未来への想像に至ったとき、どうなったのか。今の「冬」の環境で、これからどう生きていくのか。
 これまでも吸血鬼が夜間に通う高校とか、野球が盛んなハレムとか、手話が変遷していく女子ろう学校とか、突飛な設定の上でその設定の中で生きていく人間を確かに書いてきて、「菊と力」のような生殺与奪で寝取られ破滅願望(言い方)オチの作品もあった作者ならではの、一緒に生き続けられるかどうかのヒリヒリした問題設定とその答えはやはり痛切でした。その環境で生きていく答えを選択したことで生まれる抒情を味わえるからこそこの作者の作品を読み続けていると再確認しました。


 以上。好きな作家が書いた好みの小説を読めて幸せです。

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 <同作者既刊感想>
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