大奥 1-19 雑感

 徳川家光の代に男のみ罹り若い男の死亡率が取り分け高い<赤面疱瘡>が流行し男が激減したため、女が社会を担うようになり幕府の将軍もまた女が就くことになった――というオルタナティブヒストリー物。
 歴代女将軍と見目麗しい若い男が集められた大奥との歴史を徳川幕府滅亡まで描いています。
 この徳川の興亡が本当に面白くて堪りませんでした。
 これぞ記述された歴史と、記憶された歴史――という塩梅の絶妙さ加減ときたら。

 最初は異例の一時的な措置とされた女将軍が次第に通常のこととなり、やがては男が当主に選ばれていたことは忘却される。
 八代目将軍吉宗の時代には既に徳川幕府の大奥を作ったのがどういった人物かさえ定かではなく。

 (大奥 1巻、kindle No.197)

 だからこそ作品内で真の歴史をひっそりとでも語り続けていこうとしますし、その上で読者はこの作品自体を歴史としてとらえているので認識と記述の齟齬をまざまざと目の当たりにします。そのため現実/仮想の差異が作品外からの視点だけではなく、シリーズ内でも次第に如実になっていくので、オルタナティブ物の醍醐味を十分に味わえました。

 そして語られる歴史そのものもまたいいんですよ。
 これは現実と変わらないことで、どれだけ君主が立派であろうと全てが上手くいく治世はないのですが、その上手くいかなさの語り方が抜群に巧みでした。
 老いさらばえて心残りを大いに残して、なにもかも上手くいかず後悔一杯に、突然の病などで自分も周囲も準備せず舞台を去る。その結果として、あるいは結果に問わず印象として、後世から名君と謳われ、当時から愚君とさげすまれる。
 それぞれのサイクルの長短はあるのですが、その中で生きた人間模様を描く筆致が抜群に良いからこそ、将軍の代替わり――時の積み重ねが歴史になることを見事に体現していました。

 それらの時間の縦軸に男が少ない日本が列強とどう立ち向かうかとか、根本の<赤面疱瘡>はいかなる病気でいかにして克服するのかとかが絡み、読んでいて飽きる時など全くありませんでした。
 クライマックスもまたこの作品に相応しいものであり、もう言うことなしの傑作でした。
 

 以上。個人的にはオールタイムベスト級で好き。お薦め。

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