ハロー・ワールド 雑感

 数々の素晴らしいSF小説を世に生み出してきた藤井太洋氏による新規の短編集。
 既刊のどの作品もテクノロジと人とをバランス良く扱ってきましたが、本作に収録されている短編はいずれも人間社会にテクノロジをどのような意志を持って適用されるかどうかにより主眼が置かれていました。そのため極めてアクチュアルな作品になっていました。

 『ハロー・ワールド』。主人公が作成したiPhone用の広告ブロッカーアプリがインドネシアで爆発的にDLされるようになったのは何故か。
 『行き先は特異点』。グーグルの自動運転車に後ろから追突された事故地点はamazonの自動配達ドローンが誤配し続けに来る場所でもあり、何故そのような異常な特異点が生まれたのか。
 『五色革命』。タイのバンコクで反独裁として検閲されない映像を流そうとした学生に開発したドローンが接収され、リアルタイムの映像を流した時に起こされたのは。
 『巨象の肩に乗って』。主人公は外部開発者を締めだした時に失望し、盗聴を受け入れる代わりに中国進出を果たしたtwitterを今度こそ完全に見限った。自由なインターネットのためにクローンを立ち上げようとするが、それは思わぬ反応を引き起こす――。
 『めぐみの雨が降る』。ビットコインを国家の管理下におく計画のために中国に拉致された主人公は、軟禁されている愛大に新たなる仮想通貨を生み出そうとする。

 テクノロジと人の自由や尊厳。
 そう熱意を持って動く人がいるために間違いなくテクノロジは進歩していきますし、テクノロジは人間の出来ることを拡張していきます。しかし便利になり効率化されていく社会で人の振る舞いは管理しようとする社会/国家がある限り抑制されてしまうのが"現代"です。

「自由な発言ができなくても?」
 僕は頷いた。
「ニュースが検閲されていても?」
 頷いた。
「未来を話し合う場所がなくても?」
 僕は頰を流れる涙を見つめた。プローイ、君はわかってるだろう?
 豊かさと自由に関係がないから、こんなに難しいんじゃないか。
  (ハロー・ワールド(講談社文庫)(Kindleの位置No.1672-1675).講談社

 その今に対抗し、理知と機転そして何よりも抗う意志によって、テクノロジで補強されて拡張していく人としての自由な振る舞いが全世界で許される未だ見えない未来を目指す。
 これぞSFだからこそ書ける、人の形というものでした。

 加えて平易な文章が貫かれ、最初から最後まで理知的である文体も相変わらずで、流石という感じでした。


 以上。今読むべきSF小説であり、少し先に嘗て未来がどう思われていたかを振り返るSF小説として打ってつけの快作でした。

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 HP-『ハロー・ワールド』(藤井 太洋):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部
 

ハロー・ワールド (講談社文庫)

ハロー・ワールド (講談社文庫)

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