10年前鞍馬の火祭の日に英会話教室の仲間が一人失踪した。それ以降ばらばらになっていたが、ふとしたことから10年ぶりにその仲間たちが再度鞍馬の火祭を見に行くために集うことになった。その旅先の宿で、10年間にあったそれぞれの旅に纏わる過去が語り始められる――
森見登美彦氏による幻想小説。独身男の悲哀はちょっとだけありますが、おちゃらけは全くないシリアスサイドを披露していました。
形式としては上記した通り、旅語りが続く連作短編風です。作中では顔のない女性と異なる町の夜の風景とが描かれる48枚の連作銅版画「夜行」が強い存在感を放っており、その奇妙で引き込まれる画に沿うような不思議な旅路が語られます。
その怪異譚の仄かな怖さと座りの悪さは、読み手として痺れました。
なにせ、それらのお話は語り手自身の失踪譚に近しいのです。
怪談や怖い話などが人を怖がらせるパターンとして、予期せぬ展開で驚愕させる(突然の大声を含め)や、物理や生理的に嫌というガジェットに起因するものなどありますが、本作では閉じない話である怖さが多様されていました。怪異がお話の中で完結せず、今ここに生きている世界と地続きである恐れ。世界の何処かでおかしなことが起きていて世界の認識への信頼性があやふやになる恐怖や、その怪異が今度は自分に向くのではないかという恐怖にも繋がっていきます。
今話した内容が正しいとどう考えても、今ここに座れている筈がないのでは――
今目の前で座って話しているこの人は自分が知っている人なのかさえも疑問になりながら、しかしそれぞれの語りは語り終えられたら一旦ぶった切られすぐには解釈されません。恐怖や疑問に満たされ宙ぶらりんで不安になりながら読んでいく体験はこれぞ怪異譚の醍醐味とぞくぞくしました。
そうした怪異で認識を揺さぶってきた上で、最後の最後で物の見事に綺麗に世界の見方をひっくり返らせる筆致は見事の一言。
これまでその世界を疑わせていた認識もまた誤っていたのだというある種の悟りは、さんざん翻弄してきた語りと仕掛けの集大成であり、どうしようもない寄る辺なさを抱えて最後の頁を閉じることになりました。
得難い読書体験の一つだったかと。
以上。良い小説でした。
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