ヒュレーの海 雑感

 第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作の長編。
 元はなろうに投稿されていた小説で、加筆修正したもののようです。>スフィア・ドライブシリーズ


 序盤は読むがちょっと苦痛です。
 冒頭からの設定開示はしょうがないですし、ジャーゴンの羅列は全然ありでしょう。そこに文句をつけるものではありませんし、むしろジャーゴンを羅列し、それを自明のものとして物語を展開するのがサイバーパンクでしょうと納得しています。
 それに、


 スフィア・ドライブ/地球の記憶――そこから技術をサルベージすることで生き残る人類。
 アポトーシスリムーバブルメディア/死滅遊離駆動記憶装置――集合的無意識情報網にアクセスする全人類の別称。
 ギャロップ・ナイト/"疾く駆ける騎士"――混沌に対抗して存在しうる人型兵器、あるいは第二特異点
 サイバネティッククラフト/情報魔術――地球と情報通信して物理空間で固有の超常現象を起こす理論。


 ・・・・・・などなどという説明もまたなんじゃそりゃと言う造語/文脈と乖離した単語の引用が矢継ぎ早に繰り出される文章は目が滑りやすいものの、読んでいてわくわくするのも確かかと。


 ただ設定と単語のチョイスのセンスの割には、人物が会話するシーンに何の工夫がなくて甚だ寒かったです。そのため読むのが辛い瞬間がたびたび訪れました。
 正直どうしようかなと思いました。 


 けれども幸いなことに、設定を展開し終えて関わる人物を登場させ切ってから、物語が軌道に乗り始めると、一気に面白くなっていきました。


 ――少女と少年は混沌を超えて水をたたえた"海"にたどりつけるのか?
 ――特異点『異相知能』に新たなる存在が加わった時に何が起こるか?
 ――非常に強力な情報魔術を持つ敵を打倒しえるのか?

 
 それは良質なガールミーツボーイでしたし、新しい概念で世界が一新するシンギュラリティ物のお手本でしたし、理論武装で戦闘する迫真のロボティクスバトルでした。
 どこまでも良い意味でありますが、オタク的なSF要素のごった煮。好きなものが集められて楽しいものを読んでいる――という時間は脳汁がどばどばでる多幸的な読書経験でした。
 

 それになにより、あれです。
 会話は兎も角、極め台詞、極めの文章のセンスは大好きの一言。

 フィは一度唾を飲みこむと、緊張した面持ちで、ギルドにあるナイト・バードへの経路データを掌の上に展開し、クルーフに差しだす。
「身体をあげる、クルーフ」


 その瞬間、ギルドのホールに安置されていた騎士の亡骸が再構築された。
 象徴機体『妄想』へと。

 こんな文章に興奮しないはずがないじゃないですか!


 以上。めっさ面白かったです。現代日本SFの収穫の一つとしてもいいんじゃないですかね。

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